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交わらない想い

 にっこり笑顔で私と繋いだ手を見せびらかす桃坂先輩と、引きつりながらも私と桃坂先輩が付き合っているということを認める後輩くんたちがわいわいしている中。

 一人真っ青な顔をして固まっていた酒井さんの唇がわなわなと震え始めた。


「……ぅしてですか。どうして。私のこと、待っててくれたのに。どうして、今になってその人と付き合ったりするんですか?」

「おい、夏輝」


 誰かが酒井さんを止めたけれど、彼女の耳には入っていない。

 彼女の目は桃坂先輩しか見ていない。


「先輩、卒業する時、言ってくれましたよね? 夏輝がM高に来るのを待ってるって。M高に入ったら、一緒にいられるからって。だから私、一生懸命勉強して、M高目指してがんばってきたのに。やっとその日が近づいてきた今になって、どうして?」


 そういやカラオケ店でもそんなこと言ってたよね、酒井さん。

 よっぽど桃坂先輩が誤解を招くようなことを口にしたのか。

 それとも桃坂先輩は二年後の酒井さんなら付き合ってもいいと思っていたんだろうか。

 あの時感じた、胸の中が重苦しくなるような感覚が一気に蘇ってきて、私は思わず顔を伏せた。

 

「俺は夏輝のこと待ってるなんて、一言も言ってないじゃん。自分の都合のいいように人の話聞くの、いい加減直せよ」


 聞いたことないような低いトーンの声に、下を向いていた私は反射的に桃坂先輩の顔を見上げた。

 酒井さんの顔を見据える桃坂先輩の横顔は、別人かと思うくらい厳しい。

 この人、こんな顔ができるんだ。

 この前高橋くんに対して見せた機嫌の悪い顔とは次元がちがう、感情が一切削げた冷たい表情。

 でも酒井さんはそんな桃坂先輩に全く怯む様子もなく、必死で訴えかける。


「じゃあなんで私が告白してから二年も彼女を作らなかったんですか? 私のことを待っててくれたからなんでしょう?」

「なんでそうなるの? 俺は夏輝にちゃんと付き合えないって答えてるだろ? なのになんでそのあと彼女を作らなかったからって夏輝のことを待ってるとか思っちゃうわけ?」

「だって、静流先輩が付き合えないって言ったのは、私がまだ子供だったからなんでしょう? だから」「今でも、夏輝は後輩の一人だよ? 多分、俺らが大人になってもその関係は変わらない」

「そんな……」


 淡々と答える桃坂先輩に、とうとう酒井さんの顔がくしゃりと歪んだ。


「なんでその人はよくて、私じゃダメなんですか? 私は小学生の頃から、静流先輩のことだけ見てきたのに。なんで突然現れた、訳の分かんない人に、静流先輩を奪われなきゃならないんですか?」


 涙をたたえた大きな瞳が、私を睨みつける。

 うわ。矛先がこっちに向いてきたよ。

 訳の分かんない人とか言われても、困るんだけどな。


「理由なんてないよ。理由なんかないけど、佐倉は俺の特別なんだ」


 ちょ……。

 酒井さんを諦めさせるために言った言葉だって分かってるんだけど。

 後半、明らかに私に向けたであろう温度のちがう声に、勝手に顔が熱くなった。


「もうやめろよ、夏輝。人を好きになるのに理由なんかいらないし、好きになってもらえなくて駄々をこねてもどうしようもないんだから」


 そう言って委員長が酒井さんの肩にそっと手を置いた途端、それが合図だったかのように彼女の目から大粒の涙がぼろぼろっと零れ落ちた。

 

「だいっきらいっ」


 そう叫ぶなり、酒井さんは私たちにくるりと背を向け、走り去った。

 

 だいきらい、か。


 別に酒井さんにどう思われてもかまわない。

 私だって酒井さんのこと、決して好きではないから。

 だけど、はっきりと、自分に向けて言い放たれた「だいきらい」に心は反応する。

 嫌われるのは、痛い。

 


 自分の気持ちを拒否された酒井さんの心もきっと血を流しているんだろう。

 その痛みを比べることも、分かち合うことも出来ないけれど。

 

 あっという間に人混みの中に紛れていく酒井さんの背中は、とても小さく見えた。




 

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