クリスマスイブの贈り物
考えた? なにを?
言葉を切った桃坂先輩を見上げるけれど、その表情はよく分からない。
でもその声は冗談を言って私をからかっているようには思えなかった。
「だから俺と佐倉」
先輩と私。
そこまで聞いたら、さすがに私でもその先は想像がつく。
これはまさかのツリーの下での告白タイムではありませんか!?
いやでもわたしなんて答えればいいの!?
むりむりむり!!
ぜったいむり!!
なんとかこの雰囲気をぶち壊すようなことを言わなきゃ、と思うのに、なぜか私の口は動かない。
石のように固まって、桃坂先輩の口元を見つめることしかできない。
うーわー言わないでー。
「付き合ってるってことにしたらいいじゃん」
うーわー付き合って……るってこと?
ん? なんだ? なんか想像していた言葉とニュアンスが若干ちがう?
「は? え? どういう意味?」
ぽかんとしたままの私と対照的に、桃坂先輩は非常にすっきりした顔で笑った。
「どういう意味って、そのまんまだよ。俺たちが付き合ってることにしたら、誰も文句は言えないだろ?」
「いやそこじゃなくて……」
「あー俺ってやっぱ天才。あったまいいねー。俺は気兼ねなく佐倉と遊べるし、佐倉も変な言いがかりつけられなくなるし」
「え? ええ?」
なにかいろいろと聞きたいんだけど。
『付き合おう』と『付き合ってることにする』
絶対意味がちがう、よね?
その意図を尋ねるか尋ねまいか迷っていると、桃坂先輩がツリーの方を指さした。
「ほら。カウントダウン」
ツリーの前に置かれたデジタル掲示板に数字が現れた。
それに合わせて周りの人たちもカウントダウンの号令をかける。
「五、四、三、二、一」
その瞬間、ぱあっとまるで目の前の闇を拭い去るように、圧倒的な量の光が私たちを照らした。
まぶしいほどのイルミネーション。
周囲にどよめきが巻き起こる。
「うわっ。すっげえ」
すぐ近くで聞こえたひと際大きいその声に隣を見ると、子供のように目をキラキラさせてツリーを見入る桃坂先輩の姿があった。
…………ま、いいか。
いろいろ聞きたい気持ちはあるんだけど。
なぜか聞かない方がいいような気もする。
だって、もし、桃坂先輩が本気で付き合おうと言ったのだとしたら。
私はきっとそれを受け入れることはできない。
人とのつながりで苦しんで逃げ出して、やっと人とつながることの楽しさを知り始めた私なのだ。
桃坂先輩のことは好きだけど。
付き合うということは、男の人として、特別な人として好きだと認めること。
特別な人を手に入れたら、きっと私はそれを失うことに常に怯えることになる。
今日好きと言ってくれた人が明日も好きでいてくれるのか、そんな保証はどこにもない。
心は絶えず変化していく。
それを嫌というほど思い知らされているから。
手に入れた瞬間に失う未来が待っていることを知ってしまった私は、見えない明日に怯える毎日を笑って過ごせる強さを私は持っていない。
だから。
『付き合ってることにしよう』
今はこの曖昧な関係でいい。
どっちつかずの関係でいいんだ。
「俺、点灯の瞬間初めて見たー。すっげぇのな!」
クリスマスイブの夜。
ツリーを見上げながら無邪気にはしゃぐ桃坂先輩の隣に立つ仮の資格を、私は手に入れた。
駅前のケーキ屋さんで無事、クリスマスケーキを受け取り、並んで歩く帰り道。
「佐倉からクリスマスプレゼントないのー?」
「そんなのあるわけないじゃないですか」
「仮にも彼氏になんという暴言」
「じゃあ桃坂先輩は当然彼女の私に用意してくれてあるんですよね?」
「あーない」
くすくす。なんでもない会話が楽しいなんて、本当の付き合いたてのカップルみたい。
なんだか妙に胸がくすぐったいのはどうしてなんだろう。
「じゃあさ、明日はプレゼント買いに行こうぜ」
「先輩早起きできます?」
「大丈夫。俺の彼女がやさしーく起こしてくれるから」
「ケーキの保冷剤使ったら目覚めるかな」
「まじやめて。泣くから」
ふと夜の空を見上げると、イルミネーションに負けないくらい綺麗な星空が広がっていた。
頬に感じる空気は冷たいけれど、確かに感じる、隣を歩く人の息づかいと温もり。
なんでこんなにあったかいんだろう。
すぐ隣にある、桃坂先輩の笑顔を見ながら、そう思った。




