寒いのは心なのです
「お待たせ、佐倉さん。……夏輝?」
タイミング良く現れたのは委員長。
険悪な雰囲気を察知したのか、委員長が戸惑いの声を上げる。
その手からコートを受け取ると、私は委員長ににっこりと笑いかけた。
「ありがとう委員長。じゃあ私先に帰るから。あとは皆さんでごゆっくり」
「ちょっと待って。佐倉さん。何かあった?」
さっさと出口に向かって歩いていく私の後ろを委員長が追いかけてきた。
いえいえ。お気になさらず。
「あのさ、夏輝が何か言った? あいつ、昔から独りよがりなとこがあって……」
「別にいいよ。委員長が気にすることじゃないから。それより折角のお楽しみ会に水を差してごめんね。後輩くんたちにも謝っといて」
「いや。全然そんなこと思ってないし大丈夫だけど」
早口でそんな会話を交わしていると、背後で桃坂先輩の私を呼ぶ声が聞こえた。
「佐倉ー。どうかした?」
「お姉さんは用事があるそうですよ。ほらほら静流先輩、部屋に戻りましょう。まだまだ時間はありますよー」
「ちょ……」
「ほらー。約束なんだからー」
女子マネ酒井さんに強制連行されたらしく、桃坂先輩の声はそれ以上私を追ってはこなかった。
別にいいよ。別にいいんだけどさ。
なんか腹立つんだけど。
カラオケ店を出て、ひとり街を歩いていると怒りが込み上げてきた。
酒井さん、完全に私を敵認定してたよね。
桃坂先輩は私のものなんだからって、全身で言ってたよね。
でもまあいい。
彼女には彼女の言い分があるんだろう。
大好きな大好きな先輩と年に一回だけ会える楽しい日。
彼女からすれば、そんな大事な場所にのこのこ付いてくる女は、邪魔者以外の何でもない。
だから私を睨む目も、投げつける嫌味も、可愛いもんだと思えなくもない。
けど桃坂先輩は。
なんなのあのひと。
会った時からなんなのと思うことの連続だったけど。
今日のなんなのは一味ちがう。
私が行かなければ行かないと言った挙句の放置?
私を振り回して、遊ぶのもいい加減にしてほしい。
私は桃坂先輩のおもちゃなの?
マンションに帰るにしても桃坂先輩のお家に帰るにしても、ここから帰るには電車に乗らないといけない。
だけど、私の足は駅を通過しても止まることがなかった。
怒りにまかせて闇雲にずんずん歩く。
すれ違う人たちはみんな幸せそうだ。
そうだよね。クリスマスイブなんだもんね。
カップルにとっては一年に一度の大切な日。
ふと、私の足が一軒の雑貨屋さんの前で止まった。
クリスマスらしくデコレーションされたウィンドウの中、あったかそうな黄色いマフラーが私の目を惹いたのだ。
冬の冷たい空気の中。
ぽっかりとそこだけ温かな空気に満たされているようで、私はじっとマフラーを見つめる。
本当は今日は桃坂先輩のクリスマスプレゼントを買いに行くつもりだった。
なんだかんだで、いつも私の面倒を見てくれている桃坂先輩には、少なからず感謝をしていたから。
だけど。
ウィンドウの中に酒井さんに腕を絡められた桃坂先輩の姿が浮かび上がる。
仲良さそげに一本のマイクで歌う二人。
全身で大好きだと表現する酒井さんに、困ったような、でも優しい笑みを返す桃坂先輩。
ふとウィンドウに映る自分の顔に気がついた。
なんで私泣きそうな顔してるんだろう。




