冬休みの始まりです
冬です。冬休みです。
冬休み前のテストから解放されたみんなは、晴れ晴れとした顔で冬休みの予定を話し合っています。
私?
みんなは私が叔母のところに下宿してるの知ってるから、お正月は実家に帰ると思ってるみたい。
だから終業式のあとさっちゃんたちと遊ぶ約束はしてるけど、冬休みの予定はゼロです。
さ、さみしくなんかないんだからね!
このところ結構忙しかったから、涼子ちゃんのマンションの大掃除もしなきゃならないし、一人でゆっくり読みたい本も溜まってるし。
そう。私は全然実家に帰る気ありません。
なぜなら実家に帰っても誰もいないから。
私の両親は揃って医師という仕事をしている人たちで、多分お正月も休みはないはず。
さすがに私が家にいるときにはお母さんは休みを取ってくれてたけど、病院から呼び出されて出ていくことも多かったし。
だから理子先輩のお家がお隣さんだった頃は、ほとんど理子先輩のお家でお正月を過ごしていたような気がする。
うん。おせち料理を一緒に作ったのも理子先輩のお母さんだし、そもそも私の料理の師匠はお母さんじゃなくて理子先輩のお母さんである都さんだ。
「じゃあこころ、楽しい冬休みをね~」
多分さっちゃんたちが冬休みに私を誘わないのは、私の帰省以外にもう一つ理由があると思う。
終業式のあと、さっちゃんたちと駅前で遊んでいたら、偶然桃坂先輩たちに会った。
真鍋先輩や他の男子の先輩たちと遊びに来ていた桃坂先輩は、いつものようにあれこれと絡んでくることなく、軽い挨拶だけして別れることができた。
できたのだが。
別れ際、なにを思ったのか桃坂先輩は私の頭をぽんぽんと叩いて「あんま遅くなんなよ」と言ったのだ。
その時の、さっちゃんたちの顔。
ごちそうさま~とか何とか言われたけど、付き合ってませんからね。
文化祭以降、私と桃坂先輩は付き合っているという噂は、噂ではなく完全に事実として扱われるようになった。
付き合ってないと馬鹿みたいに繰り返していた私だったけど、冷静になって第三者の視点で文化祭のあれこれを思い起こした結果、諦めました。
だってどう考えても付き合ってるとしか思えないようなことばっかりだったし。
その上、桃坂先輩の行動は交際を否定するどころか、周りを激しく誤解させるものばかり。
わざとやってるの? と思っちゃうよ。
だからみんな、こころの冬休みは彼氏との大事な時間、と気を使っているみたいなのだ。
ちがうんだけどな~。
さっちゃんたちと別れ、今年最後の夕飯を食べにとぼとぼと桃坂家への道のりを歩きながら、私は考える。
桃坂先輩は一体どういうつもりで私に構ってるんだろう。
ペット感覚?
おもちゃ感覚?
そんなとこだよね。
動物好きな桃坂先輩だから、多分ペット感覚で楽しんでるんだと思う。
対して私の感情はというと。
正直言って良く分からない。
桃坂先輩の周りは色んな意味で目まぐるしくて、近くにいると自分の感情が見えなくなる。
嫌いじゃない。どっちかって言うと好きだと思う。
だけど好きって言っても色んな好きがあると思うし。
友達だって好きだから一緒にいるんだしね。
異性だからって、友達として好きになっちゃいけないってことは、ないと思う。
つまり私はこの先、自分が桃坂先輩とどうなりたいのか分からないのだ。
だから冬休みはゆっくりと一人で色んなことを考えようと思っていた。
桃坂家での夕食は、基本平日だけだから、冬休みの間は桃坂先輩に会うこともないだろうし。
でも私の思惑は律子さんの一言で脆くも崩れ去ることとなったのだ。
「今日からこころちゃんは雅人の部屋を使ってね」
律子さんの思いがけない言葉に、ごはんを口に運ぼうとしていた私は、口を開けたままの状態で固まった。
マサト? 誰?
「なに? 佐倉、泊まってくの?」
もぐもぐ。口いっぱいに頬張りながら桃坂先輩が尋ねる。
知りません。聞いてません。てかなに?
「聞いたわよ。こころちゃん、冬休みもお家に帰らないんですって~?」
「え? そうなの? 正月なのに?」
「こころちゃんのご両親はお医者様だから、お正月もお休みがないのよね?」
「……」
情報を漏らしたのは涼子ちゃんだな。
「じゃあどうするつもりだったんだ? ああ、叔母さんと過ごすのか?」
「涼子ちゃんもお正月は特に忙しいって言ってたわよ~」
「なら決まりだな」
なに勝手に納得してるんですか。
ちなみに私はまだ一言も発していない。
ごはんを口に運ぶ途中の手も止まったままの状態だ。
だって、桃坂先輩んちにお泊りだよ?
おんなじ高校の先輩後輩だよ?
一応年頃の男女だよ?
おかしくない?
「じゃあ食べ終わったら、荷物持ってこよっか」
「そうね~。今日は私が車を出すわ」
「ああそうしてくれる? さすがに自転車に荷物積んで歩くのはしんどいから。でもさ、兄ちゃんの部屋使うって、兄ちゃん帰ってこないの?」
「それがまだ連絡ないのよ。別に雅人が帰ってきても雅人には客間で寝てもらえばいいから」
「あ、そ」
話の展開についていけず、半分意識が飛んでた私は必死に巻き返しを図る。
だっていろいろとダメだよそれは。
「でもあのその、ちょっとそれはどうかと」
「あらなぜ?」
なぜって。
それは先輩が男だからなんだけど、そう言うとまるで私が桃坂先輩のことを男として意識してるみたいだし。
「せ、折角のお正月ですから、家族水入らずで過ごすのが普通かと」
「なに言ってるの~。こころちゃんはもう立派なうちの子よ? ね? 静流?」
「ん? そうそう」
いつ私が桃坂家の養女になったんですか?
桃坂先輩も、なにごはんモリモリ食べながら適当に返事してるんですか。
「時間もいっぱいあるし、一緒にお出かけもしましょうね。娘とお買いものなんて、夢が叶ったわ~」
いやいや律子さん?
言ってる意味がよく分からないんですけど。
焦る私の顔をちらりと見る桃坂先輩の目は、あきらめろ、と雄弁に語っていた。




