ある昼休みの光景1
文化祭が終わって早一週間が経った。
ただいまクラスの友達と教室でゆっくりお弁当タイムです。
「なんだか二年生がいないと静かよね~」
里香ちゃんがしみじみとつぶやく。
本当にそうだよね。
理子先輩たち二年生は今日から修学旅行に出発しました。
九州と沖縄を巡る三泊四日の旅です。
「ほんと、心安らぐわ~」
お弁当はゆっくり食べないと消化に悪いよね。
この頃、主に昼休みになると乱入してくる桃坂先輩に備えて、早食いするくせがついちゃった私には夢のような時間だ。
なのに私がそう言うと、さっちゃんがにやにや笑いながらこっちを見た。
「え~。こころは淋しいんじゃない?」
「え、あ、まあ、理子先輩がいないのは淋しいけど」
「もー。そっちじゃないって」
「は?」
「とぼけちゃってー」
はあ。またか。
文化祭のあとも、桃坂先輩と私がつき合っているという噂は根強く残ったままだ。
「いやいや。だから言ってるでしょ。別に桃坂先輩とはなんでもないって」
「えー。まだ言う? 証拠は上がってるんだからね」
証拠?
私が首を傾げると、さっちゃんはドヤ顔で笑った。
「知ってるんだからね。文化祭が終わっても一緒に登下校してるの」
うっ。
「それはたまたま時間が一緒になって……」
「帰りはわざわざ教室までお迎えに来るのに?」
文化祭の終わりと同時に終わると思っていた騒がしい日々は、なぜか現在も継続中です。
今になっては感傷に浸っていた自分が恥ずかしすぎて記憶を抹消したい。
文化祭の翌日。
何の気なしにマンションを下りていくと、向こうの道から桃坂先輩が歩いてくるのが見えた。
おう、と手を上げる桃坂先輩を無視して先に行くわけにもいかず、私たちは肩を並べて歩き出した。
偶然だよね?
隣に桃坂先輩の存在を意識しながら、私は胸の内で問いかける。
桃坂先輩も、私も、たまたまいつもと同じ時間だったからだよね?
待ち合わせの約束とか、してないし。
きっとこれは偶然だ。
けれど偶然は次の日も、その次の日も続いた。
こうなってくると、わざと時間をずらすのも怖くなってくる。
だってもし先輩が「お前なんで待ってないんだよ」とか言ってきたら。
意味分かんないよ、私。
想像するだけで頭が混乱してくる。
だから今は深く考えないようにしています。
だけど残念ながら、帰りは偶然じゃない。
大抵、授業後一緒に勉強して一緒に帰ってます。
それには事情があるのだけれど。
桃坂先輩のお母さんである律子さんは、私が叔母のマンションでほぼ一人暮らし状態であるということを知った時、それは放っておけないと心秘かに決意したらしい。
私との世間話で得た叔母が市民病院に勤める女医という情報を手掛かりに、律子さんは涼子ちゃんの連絡先を調べ、いつの間にか接触をしていたのだ。
普通の主婦だと思っていた律子さんの行動力を、完全に舐めてました。
律子さんは涼子ちゃんと直接連絡を取り、私の高校卒業まで夕食の面倒は桃坂家でみると宣言した。
あとで聞いた話なのだが、結婚前に看護師として働いていた律子さんは、なんと研修医時代の涼子ちゃんと知り合いだったそうなのだ。
偶然とはつくづく恐ろしいものです。
大人同士の話し合いの結果、私は学校がある日の夜の数時間は桃坂家で過ごすことになった。
私と一緒に桃坂家に挨拶に出向いた涼子ちゃん。
いつになくびくびくしてたなぁ。
何か弱みでも握られてるんだろうか。
実を言うと、桃坂先輩が修学旅行で留守の今日も、私は一人で桃坂家に夕飯を食べに行くことになってるんだけど、これ、説明できないよね?
みんなに桃坂先輩の家で夕飯一緒に食べてるって言ったら、益々誤解は解けなくなっちゃうと思う。
「ほらほら。答えられないでしょ」
鬼の首を取ったかのように笑うさっちゃんを、私は恨めしい目つきで見ることしかできなかった。
「それに、文化祭の時のことも、すっごい話題になってるんだから」
「文化祭?」
なにかあったっけ?
「とぼけちゃって。これは私も目撃者だからね」
「さっちゃんの目の前で、何かあった?」
「どこまでとぼけるの。体育館での石川先輩との対決よ!」
「……対決?」
ひやりと冷たい汗が背中を流れる。
「石川先輩の迫力に逃げ出しちゃったこころを追いかける桃坂先輩の真剣な顔。レアだった~」
ちょっと、待って。
桃坂先輩って、体育館の中から私のあとを追いかけてたってこと?
うそ。体育館の外にいた桃坂先輩がたまたま私を見かけて追いかけてきたんじゃなかったの?
ということは……。
客観的な視点であの時のことを脳内再生してみると。
舞台の上から私をまっすぐに見つめて「逃げるの?」とよく通る声で言い放つ石川先輩。
対して青い顔で固まった私。
逃げ出す私に追いかける桃坂先輩?
なにこの安っぽいドラマみたいな展開は。
体育館でこの状況を目撃したみんなが、そのあとの私たちのことを想像してつき合っていると言うのも無理ないかも。
「そのあとのベスパコンでも結局パートナーとして一緒に出てるし。手もつないで仲良さそうだったし」
ちがうよー。
あれは桃坂先輩が勝手にはしゃいでただけだよー。
でも現状が分かった私に、言い訳をする気力は残ってなかった。
しかも。
ぴろろん。
スマホがメッセージの着信を知らせる。
どうせ桃坂先輩のどうでもいい現状報告だろう。
朝から何件目になるかわからない着信に、うんざりして見る気もしないでいる私の肩を、さっちゃんが楽しそうにつんつん突っつく。
「ほらほら、見なくていいの? 彼氏のあつーいメッセージだよ~」
ちがうって言っても無駄だろうな~。
私は窓の外に広がる青空に目をやる。
きっと桃坂先輩の頭の上に広がる空にもつながっているそれに。
突然の大雨に降られてしまえと、私は秘かに念を飛ばした。




