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淋しさの理由

 疲れた……。


 ただいま本年度のベストカップル投票中です。

 残念ながら我が校に野鳥観測クラブはないので、各クラスの委員長がクラスの集計を取り、それを実行委員がまとめるという手法が取られる。

 面倒そうに思えるけど、みんなですれば十分もかからないらしい。

 私を含めた参加者は、後ろの方に並べられたパイプいすに座って待機中。


 この文化祭、色んな意味で疲れたよ。

 黄色ねこをやったり、石川先輩と対決したり、そういや焼きそば事件もあったよね。

 あんまりにも色んなことがありすぎて、なんだか全てが夢の中の出来事のようだ。 


「どうした? 疲れちゃった?」


 女装姿のままで私の隣に座っている桃坂先輩に尋ねられて、素直にうなづく。


「そりゃ疲れましたよ」

「うわ。素直な佐倉に引くわ」

「……」


 酷いことを言われても、もう反論する元気はありません。

 黙っているとなぜか頭をぐしゃぐしゃに掻きまわされた。


「確かに今日はがんばってたもんなー」


 やめてください。後ろの方とはいえ、舞台の上ですよ。

 ちらりと見上げた桃坂先輩は周りの目など気にする様子もなく、上機嫌だ。

 念願の佐藤先輩の初恋が実ったんだから、うれしいんだろうな。

 まあ今の桃坂先輩は外見女子だから、いいか。

 上機嫌の桃坂先輩とは反対に、なぜか私の心は沈んでいる。

 胸の中にぽかりと穴が開いたような、喪失感。

 佐藤先輩と二人並んで恥ずかしそうに言葉を交わす理子先輩の横顔を見ながら、なぜ私はこんなに淋しいんだろうと考える。

 理子先輩が幸せになるのはうれしい。

 だけど私が感じる淋しさは。


「なんだよ。一之瀬が佐藤と付き合うのがそんなに心配なの?」


 私の視線に気が付いたんだろうか、桃坂先輩がそんなことを言った。

 いや。ちがうんだよな。

 心配なんじゃない。

 そうじゃなくて。


「佐藤先輩のことは、信頼してますよ?」


 この半年、佐藤先輩は本当に誠実に理子先輩の隣にいたから。


「じゃあなんで?」

「……ちょっと淋しいだけです」


 珍しく本音で答えると、桃坂先輩は長いまつ毛を瞬かせて驚いた顔をした。


「素直な佐倉こえー」

「……じゃあやめときます」


 私が低い声でつぶやくと、桃坂先輩は楽しそうな笑い声を上げた。


「うそうそ。素直な佐倉めっちゃツボ。でもなんで淋しいの? 一之瀬は彼氏が出来たからって、佐倉のこと放っておくような奴じゃないじゃん」

「そんなこと、桃坂先輩より分かってますよ」


 理子先輩との付き合いを舐めないでほしい。

 そうじゃないんだ。

 私が淋しいのは。



 

 

 ……桃坂先輩が私に構う理由がなくなるから。





 桃坂先輩が私に声をかけてきたのは、私が理子先輩と仲がいいから。

 理子先輩に佐藤先輩を知る機会を作るために私が必要だったから。

 だからこの恋が成就したら、私は必要ではなくなるということ。

 私が彼らの後輩であるという事実に変わりはないんだから、突然全く接点がなくなるということはないだろう。

 だけど恋人同士になった佐藤先輩たちに、私や桃坂先輩の協力はもう必要ない。

 そういうことなのだ。

 最初から。



 楽しい時間はいつか終わるもの。

 

 桃坂先輩たちといたこの半年間。

 焦ることや驚くことの連続だったけど、振り返ってみれば、全てキラキラした思い出になっていた。

 いつまでも続くものではないとは分かっていたけど。

 振り向けばそこにあった桃坂先輩の弾けるような笑顔が、明日からは遠くから見るだけのものになるんだと思うと。

 やっぱり淋しいという気持ちは抑えられない。


「そんな心配しなくても大丈夫だよ」

 

 肩肘をパイプいすの背にかけた先輩が、私を安心させるように微笑んだ。

 先輩。やってることはイケメン仕様ですけど、今の姿は可愛い女子高生なんですよ?


「先輩、スカートの中、丸見えです」


 私が冷静にそう言うと、桃坂先輩は「いやん」と言ってわざとらしく膝を合わせた。

 


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