M高祭を楽しもう
桃坂先輩にそそのかされた男子生徒達が、お客さんを大量に拉致してきたのを潮時に、私は執事喫茶をあとにした。
桃坂先輩は鋭いのか天然なのか、時々よく分からなくなる。
でも確かに、誰にも助けを求められないのは私の悪い癖だし、東野くんや結衣ちゃんみたいに知り合いでもない私を助けてくれる人は、いる。
あれ? まさか、桃坂先輩、焼きそば事件のこと、知ってたわけじゃないよね?
廊下で倉木先輩に会ったのも、偶然だよね?
そんなことを考えながら廊下を歩いていたら、朧先輩に捕獲されてしまいました。
「ちょっとー。待ってたのになかなか来ないじゃない。心配しちゃったわよ。あ、桃坂は一緒じゃないわよね?」
「ああ、桃坂先輩なら執事喫茶にいますよ」
私が出たあと、桃坂先輩を指名するお客さんが入っていったから、多分まだ中にいると思います。
朧先輩、この間から桃坂先輩のことをやけに気にしてるけど、佐藤先輩から桃坂先輩に乗り換えたんだろうか。
「まだしばらくいるような感じでしたから、今行けば指名出来ると思いますけど」
私がそう言うと、朧先輩は全力で首を横に振った。
「いやいやなんで? 行かないわよ? 例え桃坂が呼んでたとしても、私は行かないからね? そんなことより早く入りなさいよ。占ってあげるから」
「占う?」
「そうそう。うちのクラスのタロット占い、結構当たるって評判なのよ?」
占いか~。
あんまりいい結果が出ないような予感がする。
だけどさっちゃんの交代時間まで、あまり時間がないし、ここは大人しく占ってもらうのが得策か。
占いの結果は、なんというか、まあ的確に今の状況を指し示していた。
嵐の真っただ中です。なんて言われて、笑うしかなかったよ。
「じゃあ行きますね~。ありがとうございました」
占いが終わり、朧先輩に挨拶して自分の教室に戻ろうとすると、なぜか朧先輩が腕を絡めてきました。
朧先輩、胸大きいんですね。
それ、わざと押しつけてるんじゃないんですよね?
「……どうしたんですか?」
「自分のクラスに戻るんでしょう? 送っていってあげるわよ」
は? なんで?
目を瞬くと、朧先輩はきゅっと私の顔を睨んだ。
「聞いたわよ。三年の倉木たちに絡まれたんですって? そういうことは早く言いなさいよ。一人で歩いてるとまた何か言われるかも知れないでしょ? ほんとにもう、危機感がないっていうか、のんびりしてるっていうか。困った子ねぇ」
「誰がそんなこと……」
恐る恐る聞くと、朧先輩は得意そうに笑った。
「そういうことはすぐに広まるものよ。今回は見てた人も多かったみたいだし。特にあなたは今注目の人だしね」
「は? 注目って……」
「さあ、早く行きましょ。そうだ。真理奈も寄ってけって言ってたんじゃない? あの子のところは射的してるから、ついでに遊んでいきましょう」
「え? あの、朧先輩? 注目って」
「ほらもう、鈍くさい子は嫌いよ。早く行くわよ」
すでに気持ちは射的でいっぱいの朧先輩は、私の質問に答えてくれる気はないようだった。
ちょっとは人の話も聞いてください~。
「ね、もう一回。もう一回だけ。お願い」
「え~。それ言うの何回目ですか~? いい加減にやめましょうよ~」
「じゃあ最後だからっ。お願いっ。一生のお願い聞いてっ」
……一生のお願いを今使っちゃっていいんですか? 朧先輩。
真理奈先輩の射的のお店に私を連れてきたはずの朧先輩は、あり得ないほど射的にはまった。
どうやらお目当ての景品があるらしいんだけど、それがどうしても取れないみたい。
あと一回、あと一回と言って、何回弾を買っただろう。
朧先輩は大人になっても、絶対ギャンブルだけはするべきでないと思います。
「ほんと、朧は仕様がないわねぇ」
おろおろと朧先輩を見守っていると、真理奈先輩がエプロンを外しながらやってきた。
「ほら。朧は放っておいて、行くわよ。こころちゃん」
「え? 行くって、どこへ?」
「真理奈が案内してあげるわよ。M高祭は初めてでしょ?」
「え? いや。でも」
「ほらほら。まずは可愛いアクセサリーを売っているお店からよっ」
「ちょっ……。先輩。待って」
「絶対お買い得でこころちゃんに似合うもの、見つけてあげるからっ」
どうして私の周りの先輩たちは、私の話を聞いてくれない人が多いのでしょう。
獲物を前に目をギラギラさせている朧先輩は、真理奈先輩に拉致されようとしている私に気付く素振りもなかった。




