揺れる
キャンドルの炎が揺れる教室の中、桃坂先輩と優雅なティータイムです。
用意された紅茶もクッキーも、文句なしに美味しい。
なのに肝心の執事さんは、ふてくされた顔で腕組みしてます。
ほらほら客商売でしょ。
佐藤先輩を見習って!
念を送ってみたけど桃坂先輩は口を尖らせて黙ったままだ。
仕方ないなぁ。空気を変えるために、こっちから話しかけます。
「そういえば理子先輩はいないんですか?」
「ああ、合唱の準備で体育館に行ってるけど。お前、合唱見にいくの?」
うわ。藪蛇だ。
あんまり桃坂先輩が拗ねてるから、気を逸らそうと理子先輩のことを尋ねてみたんだけど。
理子先輩から合唱に話題が移るとは、うっかりしていた。
「いや。どうですかねぇ。佐藤先輩は行くんですか?」
「あー、佐藤は行きたいだろうけど、ちょっと無理そうかなぁ。時間を見てストップかけるだろうけど、今並んでる子たちの相手はしてもらわなきゃ駄目だろうから」
「それはお気の毒ですねぇ」
合唱の話題から佐藤先輩に、上手く話題を変えられたと思っていたら、突然桃坂先輩が机に身を乗り出すようにして頬杖をついた。
まっすぐに覗きこまれる強い視線。
私が合唱の話題を避けようとしていることに、気付かれたようです。
「なんかさ、お前、石川にしつこく言われてたじゃん?」
そうでしたか? 記憶にありませんが。
ここはとぼけるしかないよね。
「お前、合唱経験者? 石川があれだけしつこく勧誘するのって、珍しいんだけど」
「……石川先輩のこと、よく知ってるんですか?」
石川先輩の性格をよく知っているような桃坂先輩の口ぶりに、つい引っかかってしまう。
だから思わず聞いてしまったんだけど、聞いてしまってから後悔した。
「あいつとは小学校からの付き合い。あいつさぁ、なんつーか猪突猛進なとこがあってさ。根は悪い奴じゃないんだけど、自分の興味のある分野に関しては、常識通じないとこあるから」
恐らく記憶の中の石川先輩を思い浮かべながら話しているんだろう。
ほんの少し遠い目をしている桃坂先輩を見ていたら、無性に落ち着かない気分になって、私はお皿の上のクッキーを一口かじった。
さっきは美味しかったクッキーが、あんまり味がしないのは気のせいだよね。
無心にクッキーをかじり続けていると、不意に桃坂先輩が頬杖を外して、その手で私の頬をつまんだ。
「聞いてる?」
桃坂先輩が、軽く眉根を寄せて私の顔を覗き込む。
可愛い顔してますが、つままれたほっぺたは結構痛いです。
それに近すぎますってば。
「小学生じゃないんだから」
呆れた声で桃坂先輩がそう言って、つまんでいた私の頬からやっと手を離してくれた。
と思ったらその手がそのまま頬を滑り、私のくちびるの端を掠めていった。
「食べカス付けてんじゃねえよ」
さらりと言われても、くちびるを掠めた指の感触に一瞬で頭に血が昇る。
きっと私の顔は真っ赤になってるはずだ。
ろうそくの灯りしかなくて本当に良かった。
私の動揺に気がつかない様子で、桃坂先輩は椅子に深く座り直した。
「嫌なら嫌って突っぱねろよ? 石川は突っぱねて諦める奴じゃないけど、言いなりになってやることもないから」
「諦めてくれないんですか?」
石川先輩のことも、合唱部のことも、話題にするのは嫌だけど、黙っていたらまた何をされるか分からないから、相槌を打っておく。
「うん。無理だと思う。あいつのしつこさは尊敬に値するからな」
「困りますねー」
あっさり恐ろしいことを口にする桃坂先輩に、思わず本音が漏れた。
なのに桃坂先輩はクスクス笑った。
「めずらしーな。本気で困ってんの?」
いやいや。もちろん本気で困ってますよ。
「お前ってさあ、困ってても助けを求めないタイプだろ?」
それはそうかも。
「自分が呑みこんじゃえば、全て丸く収まるとか思ってない?」
うっ。
「別に佐倉がなんにも感じない奴で、傷つきもしないんなら、それはそれでいいと思うけど。佐倉って、結構ウジウジ悩みそうだよな」
ウジウジって。そうかも知れないけど。
「世の中、他人を助けたいって思ってる奴は、結構いると思うよ? だけど、助けてって言ってない人間を助けるのは、お節介になるかも知れないからさ」
桃坂先輩がまたもや頬杖をついて、私の顔を覗き込んだ。
今度は両手で自分の頬を包み込むとか。
仕草も可愛いけど、なんつー可愛い顔してるんだ。この人。
上目づかいで見ないでほしい。
まつ毛の影が頬に落ちるって、この人どんだけまつ毛長いの?
「助けてほしかったら、いつでも助けを呼べばいいよ。俺はいつだって助けに行ってやるから」
「……」
天然ですか? 天然ですよね?
普通、なんとも思ってない女の子に、そんな顔してそんなセリフ吐いたら。
間違いなく勘違いしますよ?
犯罪ですよ?
ああ、そっか。桃坂先輩は私が女の子だってことを時々失念してましたね。
はあ。
ほんと勘弁してほしい。
私のため息がキャンドルの炎をゆらゆらと揺らめかせた。




