現実をうけとめましょう
桃坂先輩のクラスの前には長蛇の列が出来ていた。
入口周辺には、それを悔しそうな顔で眺めている暇そうなスーツ姿の男子がひと固まりいる。
ってことはあの行列は、全部佐藤先輩のお客さんなのか。
料金は前払い制らしく、私がお財布を出している間に桃坂先輩は着替えに行ってくる~、と言って先に中に入っていってしまった。
「いらっしゃいませ~。紅茶セットが三百円です~」
廊下に出したテーブルで受付をしている女子二人組がにこやかに対応してくれた。
「えっと、ご指名は……」
受付の女の子がそう言った途端。
暇そうにたむろっていた男子たちが、ぎらりと光る眼で一斉にこちらを見た。
「あーまただ」
女の子の残念そうな声が聞こえたと思ったら、彼らが押し合いへし合いしながらこっちに向かって押し寄せてきた。
なにこれこわい。逃げなきゃ。だけどあまりの迫力に足が動かない。
一斉に押し寄せてきた男子たちは、これまた一斉に私の前で跪き、片手を胸に片手を私に向かって差し出した。
「どうぞお嬢様。私にご指名を」
こわい。
桃坂先輩のクラスの執事喫茶が流行らない理由がはっきりと分かった。
これは女の子のお客さんは引くよ。
受付の女の子も「返金する?」って聞いてくるし。
異様な男子の迫力に、思いっきり私が引いていると。
「あー、駄目駄目。こいつは俺が連れてきたんだからな」
教室の中からひょいと出てきた桃坂先輩が私の手を引いた。
「くっそー。また桃坂の客か~。たまには俺たちに客を回せよ!」
「うるせー。お前らも待ってないで客を連れてこいよ」
「よおし。女子にこだわるのはもうやめだ! もう男でいい! 俺、後輩連れてくる!!」
「俺も俺も」
暇そうだった男子たちは、一斉に教室を飛び出していった。
全部のカーテンを引いて、薄暗くなった教室の中は、キャンドルの光が揺れていた。
なかなか幻想的な雰囲気です。
後ろの方のテーブルには、女の子六人に囲まれてお話をする佐藤先輩がいた。
ゆらゆらと揺れるキャンドルの光に照らされた佐藤先輩は、あまりに美しすぎて、周りの女の子たちは声も出ない様子です。
「はいどうぞーお座りくださいねー」
桃坂先輩が椅子を引いてくれた。
そうか。執事だもんね。
私を座らせたあと、一旦衝立の向こうに消えた桃坂先輩は、紅茶のセットを持って現れた。
「どうぞ、お嬢様」
澄ました顔の桃坂先輩が、ポットから紅茶を注いでくれる。
言っていいかな。
すっごく言いたい。
紅茶を注ぎ終わった桃坂先輩は、うずうずを全力で抑えている私の前の席に座った。
そして満面の笑みを浮かべて私に尋ねた。
「どうどう? 俺の執事」
ああ。我慢できない。
言っちゃっていいかな。
言っちゃうよ?
「桃坂先輩の執事、ですか?」
「うんうん。カッコイイ?」
制服のネクタイを黒い蝶ネクタイに変えて、黒い細身のスーツを着た先輩は。
「……七五三」
ぴき。
私のつぶやきに、一瞬で桃坂先輩の笑顔が凍った。
「……ってめ!! 言うに事欠いて七五三だぁ!?」
「だって、どう見ても千歳あめとか、似合いそうだし」
「うわ~!! 信じらんねぇ!! お前そんな奴だった!?」
「いやだって感想を求めたのは先輩でしょ」
うわ~うわ~と、うるさい桃坂先輩を放置して紅茶を一口飲む。
うん。美味しい。
「ひでーよ。俺だって、カッコイイって言われたいのに……」
くたりと机に顔を伏せる桃坂先輩。
意外にダメージが大きかったみたい。
ちょっと七五三は可哀そうだったかな。
「先輩。人にはそれぞれの役割というものがありますから」
慰めたつもりなんだけど。
「フォローになってねぇ」
と桃坂先輩が力なくつぶやいた。




