一難去ってまた一難です
倉木先輩。誰だそれ。いやこのタイミング。
いやだなー。
絶対見たくない。
と思って、下を見ていると。
「佐倉は知ってる? 三年の倉木先輩と田中先輩と宮田先輩」
まさかの桃坂先輩からの振りに、知らんぷりが出来る状況ではなくなりました。
そろりと視線を上げると、すぐそこにさっき焼きそば屋さんの前で会った先輩たちの引きつった顔が並んでいた。
ひー。こわいんですけど。
意思とは関係なく、私の足は今にも回れ右して逃げだしそうになってるけど、桃坂先輩の手がしっかりと私の腕を掴んでいるから動けない。
あ、あいさつですね?
分かりました。
恐怖で上手く回らない舌を気合いでなんとか動かす。
「い、一年の、佐倉です。はははじめまして」
「あ、あら。どうも。こんにちは」
辛うじて挨拶を返したのは、私の手から焼きそばを叩き落とした先輩だ。
先輩、目が泳いでますよ。
さっきの勢いはどうしちゃったんですか。
私、言いつけたりしてませんから、もっと普通にしててくださいよ。
とは言っても私も充分挙動不審だと思う。
なのに何も感じないんだろうか。
一人だけ平常運転を崩さない桃坂先輩は、三年の先輩たちを相手にのんびりと世間話を始めた。
「三年生は最後の文化祭ですよね。楽しんでますか?」
「え、ええ。さっき、桃坂くんたちの執事喫茶に行ったけど、桃坂くんがいなかったから残念だったわ」
「そうなんだー。俺、これから戻るけど、三年生はそろそろ合唱の時間ですよね。ちょっと今からじゃ間に合わないか。すみません」
「そうね。本当に残念だわ。桃坂くんの執事姿、見たかったわ」
本当に残念そうな倉木先輩の声。
「合唱がんばってください」
桃坂先輩がとびきりの笑顔でそう言うと、倉木先輩も私に見せた顔とは全然違う可憐な顔で微笑んだ。
「ええ。ありがとう」
後半、気持ちを持ち直したらしい倉木先輩に、ほっと肩で息をしたときだった。
「そうだ。倉木先輩。こいつさー、色々鈍くさい奴だから、なんか困ってたら先輩も助けてやってよ」
私の頭をポンポンと叩きながら、あっけらかんと言い放つ桃坂先輩に、私も倉木先輩もぎょっとした。
倉木先輩は引きつった顔で、私と桃坂先輩の顔を見比べている。
言ってないよ。ほんとに、何も言ってないよ~。
信じて~。
「あれ? なに? 倉木先輩、佐倉のこと知ってるの?」
ひー。怖い~。
天然すぎます。桃坂先輩。
「し、知らないわよ? ね? 佐倉さん?」
「はははははい。せせせせんぱいとは初めてお会いします」
「そうよ~。はじめましてよねぇ」
うふふあはは。
白々しく笑いあう私と倉木先輩を見比べていた桃坂先輩はあっさりと頷いた。
「ふーん。そっか。ま、じゃあそういうことで。俺たち失礼しますね。合唱がんばってください」
にこっと笑顔を残して歩き出した桃坂先輩に腕を引かれて、もつれそうになる足を必死で動かした。
まだ心臓がばくばく鳴っている。
倉木先輩たちの視線を背中に感じるけど、恐ろしくて絶対に振り向けません。
ふと気がつくと、いつの間にか廊下や教室の窓には興味津津の顔がたくさん並んでいた。
み、見世物じゃないんだからっ。
逃げないから桃坂先輩、手を離してください~。




