噂の原因を作っているのはこの人だと思う
結衣ちゃんの話によると、やっぱりほとんどの生徒が私と桃坂先輩が付き合っていると思っているらしかった。
今日の桃坂先輩たちのグループに私じゃなくて石川先輩が一緒にいたこと。
午前中に桃坂先輩と一緒にいた石川先輩と私が修羅場もどきを演じていたことなどは、すでに噂として広まっているのだそうだ。
怖いよ。学校の噂。真実はほんの少ししか含まれてないじゃん。
信じてくれるかどうかは分からないけど、今まで私が一緒にいたのは理子先輩だということと、桃坂先輩とはつき合っていないということを結衣ちゃんと東野くんには伝えておいた。
結衣ちゃんはともかく、東野くん。にやにや笑いが気持ち悪いよ。
「じゃあそろそろ行くね。話を聞いてくれてありがとう。焼きそばもご馳走さま」
私がテントにお邪魔して、かれこれ一時間は経ったと思う。
下手に学校内をうろうろするのは諦めて、さっちゃんが黒ねこから解放されるのを教室で待とう。
「いえいえ。こちらこそ、貴重なお話を聞けたし」
「なにか困ったことがあったら、いつでも言ってきてね。私でよかったら力になるよ」
結衣ちゃんとはアドレスを交換した。
クラスメイト以外の同級生の初アドレスだ。
「うん。ありがとう」
「じゃまたね」
そう言ってテントから出た途端。
「あーーーーー!! 佐倉みっけ!!」
聞き覚えのある声が、私の名前を叫んだ。
「ななななんなんですか」
私の腕をがっちりと掴んで、半ば引きずるように歩いて行くのは、もちろんこの人です。
これって拉致だよね。桃坂先輩じゃなかったら犯罪だよ。
こんなことみんなの目の前でやるから、変な噂が消えないんじゃん。
テントの中から手を振っていた、結衣ちゃんと東野くんの生温かい目が心にイタイ。
「なにってさ~。お前冷てえんじゃねぇ? 俺はちゃんと佐倉の喫茶に行ってやったのに、お前俺らの喫茶は無視なの?」
「いやいや。来てくれたのは理子先輩だし」
「なにそれ。俺視界に入ってなかった? 一之瀬だってあとで来るように言ってたじゃん。そういやお前ぼんやりしてたし、聞いてなかったの?」
「いやでもあのその」
「まあなんでもいいよ。とにかく俺らの喫茶、めっちゃ暇でさ~。売上に協力してくれよ」
「先輩たちの喫茶って、どんな感じなんですか?」
「聞いて驚け。執事喫茶だ」
「……」
「反応うすー」
だって執事って、人を選びそうじゃない?
佐藤先輩くらいすらりとしてて、立ち居振る舞いもスマートなイケメンなら似合うだろうけど、普通男子の執事って、どうなんだろう。
「桃坂先輩も執事になるんですか?」
「もちろん。でもさー、とにかく客が少なくて。暇だから抜け出してきた」
「佐藤先輩も執事ですよね?」
「あー。あいつだけ、めっちゃハーレムしてるよ? うち指名制だからさ、客があいつだけに偏っちゃって、もう滅茶苦茶」
「それは企画ミスですねー」
桃坂先輩に腕を取られたまま、二年教室棟に入った途端、私の足が一瞬もつれた。
廊下の先にさっきの三年の先輩たちがいる。
太陽の光に煌めくネイルが鮮やかに瞼の裏に蘇った。
桃坂先輩に掴まれた腕はどんどん廊下を進んでいくけど、足は先に進むのを拒否している。
「ん? どうかした?」
急に速度を落とした私を不審に思ったのか、そう桃坂先輩に尋ねられたけど、引きつったまま黙って首を振ることしかできない。
きゃー。怖い。どんどん先輩たちが近付いてくる。
っていうか近づいてるのは私たちの方だ。
私は半分目を閉じて、恐怖の瞬間が通り過ぎるのを待った。
ぴたり。
急に桃坂先輩が足を止めた。
「こんにちは。倉木先輩」
倉木先輩?
だれだそれ。




