修羅場ではありませんから
当然だけど、理子先輩のご指名は黄色ねこです。
一テーブルに一つの色しか指定できませんが、佐藤先輩、ピンクねこちゃんじゃなくていいんでしょうかね?
注文のパンケーキセットを四つ、ワゴンに乗せて運んでいくと、桃坂先輩は隣に座る合唱部の部長となにやら楽しげに盛り上がっていた。
合唱部の部長は理子先輩の連れというだけじゃなくて、桃坂先輩とも仲がいいんだな。
私と桃坂先輩も、周りから見ればこんな風に見えてるのかな。
どこか冷めた気持ちで考える。
……確かに、カップルに見えるかも。
私と桃坂先輩がどう見えるのかは分からないけど、今、私の目の前にいる二人は、確かに仲の良いカップルに見えた。
「お待たせしましたー」
私はそう声をかけて、テーブルにお皿を並べていく。
自分は今どんな顔をしているんだろう。
笑顔が引きつっていませんようにと願う。
「わー。美味しそうだねー」
と合唱部の部長が無邪気な声を上げた。
にこにこ可愛いんだけどね。
強引なんだなこの人。てか私の周り強引な人多くない?
なにを言われるか、内心びくびくしながら生クリームを手に持つ。
さてまずは理子先輩だ。
「ここ、忙しそうだねー」
「おかげさまで繁盛してます」
「うちのクラスも喫茶してるから、あとでおいでよ」
「はーい」
理子先輩の微笑みに苛立っていた心が癒されていく。
よし。生クリーム多めにしぼっちゃおう。
「でもさ、さっきみたいなの、多いの?」
「さっきみたい?」
佐藤先輩の質問に首を傾げる。
「うん。お願い事を利用して、ナンパするような奴ら」
奴らって、一応三年生の先輩ですよ?
「ナンパって。冗談で言ってるんでしょうけどね。でもちゃんと柔道部のエースが警備係をしてくれてますから、大丈夫ですよ」
はいはい。心配してくれた佐藤先輩は甘いのはあんまり得意じゃないから、生クリームは少なめ。
でも心の中で恋愛祈願もしておきますよー。
「でもこんな可愛い猫ちゃんがいたら、お持ち帰りしたくなるわよねー。私だってお願い事聞いてほしくなっちゃったもの」
「芳野?」
理子先輩の気色ばんだ声に構うことなく、部長さんはまっすぐ私の顔を見て言った。
「ねえ黄色ねこさん。私のお願い事、叶えてくれる?」
うわ来たよ。
その自信満々な笑顔がとっても怖いんですけど。
「そんな困った顔しないで。簡単なことよ?」
にこにこしているけれど、その目は真剣だ。
困ってるんじゃないよ。怯えてるんだよ。
「おい、石川。何勘違いしてんの? こいつらが一人一人のお願い事を叶えられる訳ないじゃん」
「無理かどうかは聞いてみないと分からないじゃない? 桃坂」
「芳野。やめなさいよ。来る時も言ったでしょ? ここの前で合唱の話をするなら連れてこないって」
言いあいを始める三人の前で生クリームを持って立ちすくむ私。
なんだかカオスな状況に、警備係の八尾くんがちらちらと心配そうな視線を送ってくる。
周りのテーブルも会話を止め、こちらを窺っているようだ。
「大体、石川の願い事ってなんなの?」
桃坂先輩の問いに部長さんはにっこりと笑った。
「簡単なことよ。佐倉さん。合唱部に入ってくれない?」
ここでそんなこと言う?
「なに言ってんだよ、石川。部活の勧誘ならここですることないだろ」
案の定、呆れたような桃坂先輩の声と、「なーんだ。修羅場じゃなかったのか」などという呑気な声が耳を掠めていく。
けど私のテンションはダダ下がりだ。
「ね、今日の発表だけでも聴きに来てよ」
全力でお断りしたいと思います。
「どしたの? お前大丈夫?」
あんまりにも悲壮な顔になってたんだろうか。
珍しく桃坂先輩が心配そうに尋ねてきました。
あーははは。とにかく生クリームだ。
乾いた笑顔を貼り付け、気力を振り絞って桃坂先輩と部長さんのお皿に生クリームをしぼる。
「あー私の願い、叶わないかなあ」
わざとらしく頬杖をついてパンケーキを眺める部長さん。
不思議そうな顔をして私と部長さんを見比べる桃坂先輩。
ひたすら申し訳なさそうな顔の理子先輩とそれを見つめる佐藤先輩。
……私の願いは、あなたたちが一刻も早く、ここを出ていってくれることです。




