私のために争わないで的な状況ですか?
ゆっくりと委員長を振り返る。
桃坂先輩とちがって、委員長の顔を見る時は結構な角度で顔を上げなければならない。
私を見下ろす委員長の目は、真面目なようであり、ふざけているようでもある。
要はどういう意図で言ったのか全然わからないってことだ。
「なんか言った? 委員長」
ここは聞き取れなかった振りをしよう。
いや、本当に聞きちがいかも知れないし。
「だから、静流先輩と付き合ってないなら、僕とベスパコンに出てくれないかなって」
「委員長、頭大丈夫?」
「なんで? なんかおかしいかな?」
真面目な顔で首を傾げる委員長。
なんかおかしいかなって、おかしいに決まってる。
大体、委員長と私、クラスメートだということ以外、何の接点もない男女が、なぜ急にカップルコンテストに出なきゃならないんだろう?
……そうか。委員長疲れてんだな。
確かに何の責任もない私たちだって、数日後に迫った文化祭に訳もない焦燥感を抱いたりするのだ。
クラス委員ともなると、その重圧は私たちの比ではないのだろう。
きっと今、委員長は正常な思考が出来なくなってるにちがいない。
私はそう結論付けて、委員長の肩を軽くぽんぽんと叩いた。
「委員長、疲れてるんだね。今日は早く帰った方がいいよ」
じゃあね、と軽く振った手が、なぜか委員長に掴まれる。
「疲れて錯乱してるわけでも、ましてや冗談でもないんだけど」
じゃあなんだって言うんだろう。
掴まれた手首がほんの少し痛くて、私は顔をしかめた。
「委員長。痛いんだけど」
放して、と言おうとしたら、体が後ろに引っ張られた。
同時に委員長の手が離れていく。
「いい加減にしろよ。困ってんだろ」
私の真後ろから桃坂先輩の低い声がした。
振り向くまでもありません。
私の後ろで、私の両ひじの上あたりを掴んでいるのは桃坂先輩です。
そういや誰か、お迎えが来たって言ってたよね。
すっかり忘れてました。
「ああ、ちょうどいいや。静流先輩は佐倉さんと付き合ってるわけじゃないんですよね? だったら申し訳ないんだけど、佐倉さんを僕に譲ってもらえませんか?」
委員長。本っ当に頭大丈夫?
譲るとかって、私はモノではないんだけど。
「あのさぁ、島田。俺に色々言うのは構わないよ。お前の言うようにはしてやれないだろうけど、聞くだけは聞いてやるし、ちゃんと俺の考えも伝える。けどさ、関係ない佐倉を巻き込むな」
「関係ないですか? 僕から見たら、充分関係者だと思いますけど」
「佐倉は俺と接点はあるけど、俺とお前の問題には関係ないだろ」
「僕は、静流先輩に戻ってきてもらうためなら、どんな手を使っても構わないと思ってますから」
どうでもいいけど、私を挟んで口論するのはやめてもらえないでしょうか。
桃坂先輩の声のトーンが低すぎて、怖いんですけど。
しかも今、耳元で特大のため息つきましたね。
ほんと、やめてください。
背中に感じる微かな体温といい、息づかいといい、近すぎますから。
「お前が佐倉を使った時点で、俺はお前とチームは組めない。そんな卑劣な奴を信用出来る訳ない」
静かに、突き放すように、そう言った桃坂先輩の言葉に、委員長の顔が歪んだ。
まるで泣く直前の小さな男の子のような顔だ。
「僕は、僕はただ……」
「悪いと思ってる。でも俺はもう戻らないよ。やりたいことは全部中学時代でやりきったから」
「……」
「ちゃんと話しに来いよ。俺のところまで。分かったな?」
「……はい」
うつむいたまま、小さな声で委員長は返事した。