桃坂先輩のお母さんはやっぱり桃坂先輩のお母さんです
久しぶりの、人に作ってもらったごはんは、想像以上に美味しかった。
自分ちにいる時は、こんな美味しいもの、なんにも思わずに毎日食べてたんだよなぁ。
なんにも思わないどころか、今日ははずれだーなんて言って平気で残してた。
お母さんだって毎日仕事で忙しかったはずなのに。
自分が作る立場に立って、ようやく分かることもある。
たった一皿の添え物を作るのに、どんな手間がかかるかということ。
「ごちそうさまでした」
お皿洗いのお手伝いでもしようと、使い終わった食器を運んだけど、食器を洗うのは食器洗い機のお仕事だとやんわり言われてしまった。
うーん。申し訳ない。
桃坂先輩がトイレに立ったのを見て、私は桃坂先輩のお母さんに切り出した。
「あの、今日は本当にご迷惑をおかけしてすみませんでした。本当に美味しかったです」
「明日はねーおでんにしようと思ってるの。こころちゃん、好きな具はなあに?」
「えっと、でも、さすがにそれは」
私の言葉を桃坂ママはにっこり笑顔で遮る。
「知ってるの。静流が無理に誘ってるんでしょ?」
「あの、無理にというか、お気持ちは嬉しいんですけど」
「静流ってね、昔っからそうなの。困ってる人を見てると自分が困っちゃうというか。困ってる人を見てる自分が嫌なのね。だから最近はそうでもないけど、昔はしょっちゅう友達が泊まりに来たり、ああそうだ。面白いのは、友達が誕生日をおうちで祝ってもらえないからって、うちで誕生会をしたら、クラスの大半の子の誕生会をうちでするのが流行ったりしたこともあったわねー。サッカーで世話をする時間がないのに、捨て犬を見ると放っておけなくて、飼い主探しに走り回ったり。そういう子なの静流は」
あはは、と笑う桃坂先輩のお母さん。
でもそれってそんな簡単に笑い飛ばせるようなことじゃないと思う。
お金だって労力だって時間だって使わなきゃならないのに。
なんで他人の子供のためにそんなこと笑ってできるんだろう。
「そんな家なの。私も、静流も、今日は遅いけど主人もね。人が笑ってるのを見るのが大好きなの」
桃坂先輩のお母さんの言葉は、ここ何カ月か桃坂先輩を近くで見てきた私には、すんなりと理解できた。
「きっと静流もこころちゃんが来てくれて喜んでるわ。このところ主人は遅いし、上のお兄ちゃんも大学のために下宿してるしで、私とふたりきりの食卓が続いてるから。私だって静流と二人きりで食べるより、大勢で食べたほうが嬉しいもの。だから遠慮なんかしないで明日も明後日も来てちょうだい?」
「……」
どう答えていいのか分からず言葉に詰まっていると、いつの間にか桃坂先輩が部屋に戻っていていたらしい。
「あー。諦めた方がいいぜ。うちの母ちゃんには勝てないから。にこにこしてるけど、ぜってー引かないからな。時間の無駄だ。それよりコーヒー淹れてよ」
のんびりソファーに座った桃坂先輩がそう言って、桃坂先輩のお母さんがそうそうとうなづく。
「じゃあこころちゃんにコーヒー淹れてもらおうかな。ケーキも買ってあるのよ~」
明日も来ると返事したつもりはないのに、なぜか話が終わってしまった。
これって、了承したことになってるんだよね。
どうしよう。
「あー、俺ミルクたっぷりめで」
「はいはーい」
でもどうやってもこの親子に勝てる気がしない……。