はじめましてです
放課後、いつものように居残りで文化祭の準備をしていたら、桃坂先輩がお迎えに現れました。
みんなの視線が痛いです。
こんなことになっちゃったら、どれだけ付き合ってないって言ったって、信じてもらえないよね。
「お疲れ~」というみんなの言葉を背に、教室を出る。
「あ~の~。本当にいいんですか~。ご迷惑だと思うんですけど~」
悪あがきだと分かってるけど、とりあえず最後の抵抗だ。
だって、桃坂先輩が何を考えて私を夕飯に呼んだのか知らないけど、それを用意してくれるのは桃坂先輩のお母さんなんだもん。
いつも迷惑をかけられてる桃坂先輩に迷惑をかけるならともかく、桃坂先輩のお母さんに迷惑をかけるのはちょっと避けたい。
大体お母さんだって驚くよね?
突然、なんでもない日に、息子の彼女でもない女の子が夕飯食べに来たら。
なのに桃坂先輩は。
「今から来ないっていう方が、絶対迷惑だから。大人しく言うこと聞いとけよ」
そう言ってどんどん歩いていく。
ああ。昨日調子に乗って定食なんか食べなきゃ良かった。
後悔しても遅いんだけど。
桃坂先輩のお家は涼子ちゃんのマンションから歩いて十分ほどのところにある、住宅街の中の一軒家だった。玄関前のポーチには季節の花の寄せ植えと七人の小人の置物が可愛らしく飾られている。
玄関を開けると、この家の雰囲気と同じく、ふんわり可愛らしい桃坂先輩のお母さんが出迎えてくれた。
「まあまあ。いらっしゃい。どうぞ。遠慮なく入って」
桃坂先輩は間違いなくお母さん似だな。
色白の優しい丸顔。ふわふわのくせっ毛にふわふわした笑顔。
容姿はもちろんだけど、体全体から出る雰囲気が、桃坂先輩と通じるものがある。
「すみません。図々しくお邪魔して。今日はよろしくお願いします」
靴を履いたままぺこりと頭を下げると、桃坂先輩のお母さんは笑みを深くした。
「いいのよ。来てくれてうれしいわ。自分の家だと思ってゆっくりしていってね」
きっとお母さんの趣味で整えられているのだろう、リビングダイニングに通される。
ちょっとした飾棚に置いてある、ちっちゃなガラスの瓶だとか、ちっちゃな置物とか、いちいち可愛いんですけど。
「可愛いお部屋ですね」
私がそう言うと、桃坂先輩のお母さんは嬉しそうに微笑んだ。
「ありがとう。私根っからの可愛いもの好きなの。うちは男の子ふたりで、全くそういうものに興味ないから、こころちゃんにそう言ってもらえてうれしいわ」
「俺着替えてくるから。佐倉そっち座っといて」
桃坂先輩が指さしたダイニングテーブルを見て、私は絶句した。
テーブルから溢れんばかりのごちそうの数々。
誰かのお誕生日でしょうか。
「えへ。張り切って作り過ぎちゃった。こころちゃん。がんばって食べてね」
いや。人間には限度というものがあると思いますが。
てへぺろと舌を出す桃坂先輩のお母さんは、桃坂先輩に負けないくらい可愛かった。