ツイてない私の過去話1
初めて自分がつくづくツイていないと思ったのはいつだっただろうか。
やっぱり小学校四年生のあの時だったのかな。
自分の半生を語るにはまだまだ早いとは分かっているけど、今までのことを振り返ってみると、やっぱり私の分岐点はあの時だったんだと思う。
小学校四年生の夏休み。
彼女が転校してきたあの日。
初めて麻友に会った時のことを、私はよく覚えている。
あと数日で夏休みが終わる暑い日だった。
友達と学校で遊んでいた私は、母親と一緒に校舎から出てくる麻友に会った。
細い子だな。
というのが第一印象。
あとはあんまり印象にない。
麻友の母親が日陰で遊んでいる私たちに目を止めて話しかけてきた。
「あなたたち、何年生?」
そう尋ねる麻友の母親に私たちは素直に返事をする。
「四年生です」
すると麻友の母親は目を輝かせた。
「まあ。そうなの。この子も四年生なの。これから仲良くしてあげてね」
母親の後ろで麻友はそっと頭を下げた。
そうか、転校生か。
それ以上、麻友のことを気にとめることはなかった。
夏休みが明けて、麻友が私たちの学校に転校してきた。
小規模校で一学年一クラスしかない学校だったから、当然彼女は私と同じクラスになった。
その当時、学級委員をしていた私は、先生に麻友のことを頼まれた。
今でこそひっそりと生きている私だけれど、その頃は友達も多く活発でクラスの中心にいるような子供だったのだ。
正直ツイてないな、面倒だなとは思った。
麻友は大人しくて、意見を聞いてもはっきりしない。
放っておいたら愚図の烙印を押され、女子の最下層に押し込められてしまうタイプの子だった。
あの時、学級委員をしていなかったら。
例え学級委員だったとしても、必要以上麻友に関わらなかったら。
私はいまどこでどんなふうに生きているんだろう。
異変を感じたのは五年生に進級した頃だった。
「なんだか麻友って、こころに似てきたね」
当時仲の良かったりっちゃんが言った言葉が、なぜか心から離れなくなった。
注意して見てみると、確かに麻友は転校してきたときと雰囲気が変わったように思う。
よく笑うようになったし、意見もしっかり言うようになった。
そしてなぜか私と同じものを好むようになった。
私が持っていたキャラクターの文具を、いつの間にか麻友が持っていたり、私が着ていた服と同じような服を着てきたり。
髪型もそう。
私が髪をポニーテールにすれば麻友もポニーテールに。
ピンで留めれば同じようにする。
正直、そんな麻友が嫌だった。
けれどやめてとは、言えなかった。
一学年一クラスの学校。
それはつまりクラス替えがないということ。
逃げ場のない教室の中、小さい頃から私たちは、仲良くすることを必要以上に強いられてきた。
みんな仲良く。
そんな幼稚園児のようなことができる訳ないのを承知の上で、学校は思春期に差し掛かった私たちにそれを強いた。
小さなけんかの芽も、すぐに先生の手によって摘み取られる。
私たちはそれぞれ心の中にもやもやしたものを抱えながら、それでも表面上は仲良しでいくしかなかったのだ。
六年生になったある日、気がついたときには、持ち物や髪形を真似しているのは、私だということになっていた。
麻友はすっかり変わった。
明るく、可愛く、みんなの人気者になっていた。
そう。まるで私と入れ替わるように。
「麻友の持ち物真似するのやめたら?」
「そうだよ。麻友は優しいから言わないけど、絶対嫌がってると思うよ」
「その服も。ねえ」
「悪いけど、こころには似合ってないよ?」
「大体こころってさぁ、昔から目立ちたがりだったよねぇ」
「そうそう。なんでも目立つもの大好き。でもさあ、麻友が学級委員に選ばれたからって、麻友に嫌がらせしなくてもいいじゃん」
みんななにを言っているんだろう。
私は一言も言い返すことができずに、ただ私を取り囲むみんなの顔を見ていた。
昨日まで、仲良しだと思っていたみんなの顔を。
今になって考えてみれば、みんなも抑圧されていたんだと思う。
仲良くしなさい。
ぎゅうぎゅうみんなを縛り付けていたその言葉は、何かをきっかけにブチ切れたのだ。
そしてそれは全て私に向かってぶちまけられた。
卒業までの約一年間。
あまり思い出したくないし、正直あまり覚えてもいない小学校六年生。
表面上は変わらず仲良しな女の子たち。
だけど裏では酷いことを言われていた。
そんな中、麻友だけは私に親切だった。
こころちゃん、と声をかけてくれるのは麻友だけだった。
それが反対にみんなの反感を呼ぶと、麻友は知っていたんだろうか。