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プロローグ

 魔力は命ある者に与えられた力だ。体内で生成され、溜められた魔力を体外に放出する事で、魔力は魔法という現象を引き起こす。

 教会はこれを「神が私たちに与えてくださった力だ」と説いて教えを広めているが、体内で生成される魔力にはカタチがあり、それはみな一様ではない。そしてカタチによって使える魔法の種類が決まる。

 石と金鉱が区別されるように、種類があれば善し悪しがある。魔力の価値が個人の価値を決め、誰しもその先天的な呪縛からは逃れられない。

 貴族とて例外ではなく、むしろ本人の意思とは関係なく生き方を強要されるせいで、悪しき烙印を押されてしまえば必要以上に肩身の狭い生き方しか出来なくなる。銀食器でスープをすする傍らで、土に汚れたパン屑を拾って食べる貴族がいるのは、下級市民にはあまり知られていない事実だ。


「昔は私もモテたもんさ」


 私は手際よく花瓶の水を入れ替える寮母の動きを真似ながら、曖昧に相槌を打った。

 最近は体を動かしていなければ昔の事ばかり思い返してしまう。だから休暇を持て余していた私は寮母に騎士宿舎の手伝いを申し出ていた。二つ返事で快諾した寮母は単純に話し相手が欲しかっただけかもしれないが、憂鬱な午後を過ごしていた私にとって気を紛らわすのに都合が良かった。

 しかし、花の世話をしていれば気も紛れるだろうと考えていたのだが、騎士宿舎の花瓶に入れられた花には思い出があり、今も結局昔を思い出してしまっていたのだ。

 寮母もある程度事情を察してくれているのか、曖昧な相槌にも怯まずに話を続けてくれた。


「騎士の連中はそりゃもう情熱的でさ。寮監手伝いで来てた頃には日替わりで別の騎士から告白されたもんよ」


「……それは、さすがに言い過ぎでは?」


 騎士の告白など聞いたことが無い私は興味を引かれたのだが、寮母が楽しそうなのは私の反応が気のない返事でなくなったからだけではないようだ。


「本当さ。帰ってくるのを待っていてくれとか、私を巡って決闘なんてのもやってた。寮監に見つかって叱られてたけど」


 多くの女性にとって惚れた腫れたの話は若返りの薬になると聞くが、当時を語る寮母も花の手入れこそ熟練のそれであったが、端々に出る仕草がまるで乙女のようになっていた。そんな風に語れない私は少し羨ましく思う。


「まあ、みんな私を置いていっちゃったんだけどね」


 寮母は覚めてしまった夢を懐かしむように目を細めた。戦場で命を落としたか、貴族同士の縁談があったか。貴族は悪しき烙印を押されないために別の家と関わりを持たせることで、より烙印から遠い所へ身を置こうとする。それは家同士が決めることで、当人はそれに関わることは無い。家が繁栄するか没落するかの瀬戸際なのだから、四の五の言っていられないのは当然のことだ。


 中庭にある噴水から金属の跳ねる音が聞こえた。騎士宿舎には休暇を貰って休んでいる者や次の任務に備えている者は数多くいるが、遊んでいる者はあまりいない。命をかける職業であるために稼ぎが目的の者も少なく、結果として騎士は給料の多くを持て余してしまう。

 そこで誰が始めたか、中庭の噴水へ余った硬貨を投げ入れる事が慣習となった。硬貨の音は宿舎中に響くため、今では「次も同じように置いていく」という宣言として、出発前のちょっとした願掛けにもなっている。

 窓に寄って外を見ると、門から出て行く一行が見えた。悠然と歩く騎士達は性別も得物も違ったが、戦場で迎えるかもしれない最期の瞬間まで騎士として生き抜く意思と覚悟が感じ取れる。


「また誰か行くのかい」


 花瓶の水を桶に捨てながら尋ねた寮母に哀愁があるのは、先の話に出てきたあの騎士達と姿を重ねているからかもしれない。私は、寮母が重ねているであろう姿とは、また別の姿を重ねていた。いつまでも遠ざかっていく姿は、出て行った騎士ととても似ている。


「大丈夫ですよ。騎士ですから」


 厳しい国家試験を搔い潜ってきた王国直属の騎士団員なのだから全く根拠が無い訳ではないが、誰かと姿を重ねてしまった以上、そう言わざるを得なかった。そうでも言わないと私も寮母も遣りきれない。


 井戸で水を汲むために外に出るとまだ夕暮れであるのに寒々とした風が吹いた。風から目をそらすと硬貨が投げ入れられた噴水が目に入る。

 自室の花瓶に差された花を眺めながら毎日のように考え事をしていた頃が遠い昔のことに思えた。希望を抱かせてくれた言葉もそろそろ時効なのかもしれない。

 私も寮母のように見ていた夢から覚めている最中で、覚めてしまえば私も貴族の型に収まるのだろう。必要なものは分かっている。

 私は噴水に近寄り、財布から硬貨を一摑みして投げた。宿舎中に鳴り響くであろうその音で、私は夢から覚める。貴族として、騎士として生きる道に君は存在しない。強制された生き方を受け入れること、それがお互いのためになるのだろう。

 騎士として生き抜く意思と覚悟。それが今の私にとって最も重要であり、必要なものなのだ。


 高く放物線を描いた数枚の硬貨は噴水に跳ね、次々と音を鳴らした。宿舎中に響いたけたたましい音に、休んでいた騎士も飛び起きたことだろう。


「——さよなら。君にしては気の利いた台詞だった」


 私の掠れるような声は響いた音色とともに、寒空の虚空へ吸い込まれていった。

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