1つの扉と1つの鍵
僕は果てしなく落ち込んでいて泣いていた
ここは小さなペンション。
森の中の小さな小さなペンション。
何で落ち込んでたかは、もう忘れてしまった。
ペンションの二階へ続く階段で膝を抱えて泣いている。
「ねぇ、いいものをあげようか?」
白いシルクハットを被ったお兄さん。
それとおそろいの白いヒラヒラした装飾の多いコート。
その隙間から出してある赤いリボンが奇妙だ。
「だぁれ、お兄さん。」
「名前を知らないとダメかな?」
「知らない人とは喋るなって言われた。」
顔を上げないで言うと笑う気配がした。
「うーん・・・じゃぁ、このペンションの名前、ウィズだよね。」
そう問われコクリと頷く。
「じゃぁ、僕の名前もウィズだ。」
そうニコリと笑って言い手提げ鞄から小さなワインレッドの扉と錆びたような金色の鍵を取り出した。
「これが何かわかるかい?」
そう問われ小さく首を振る。
鍵は鈍い光を放って揺れている。
それを僕が魅了されたように見つめていると目の前にいる人は僕の手を引く。
「何処に行くの、お兄さん。」
「いいからついておいで、君の名前は何かな?」
「・・・・・・菖蒲。」
言い難そうに僕は言ってやった。
「綺麗な名前だね、瞳の色から取ったのかな。」
そういい僕の顔を覗きこんでくる。
そうしてから驚いたように眼を見開いた。
「君泣いてたのかい?」
「気付いてなかったの?」
僕のほうこそ驚いた、ずっと泣いてたのに。
「どうして泣いていたの、アイリス。」
「忘れちゃった、泣いているうちに。」
「じゃぁ、泣くのはおよしよ。悲しくなるだろう?」
そう言われコクンと頷いた。
「お兄さん、何処に行くの?」
「この扉がある居場所さ。」
茶色の紐に通した鍵をクルクルと振り回し笑う。
そうして立ち止まった。
「眼を瞑ってごらん。」
言われたとおりに眼を瞑ってその後眼を開くとワインレッドのあの扉があった。
「鍵が閉まってるよ?」
「はい、鍵を貸すから。」
渡された鍵を鍵穴に入れカチャカチャと回す。
最後にカチャンと音がした。
「入っていいの?」
そう問うとにっこりと笑って僕の背を押した。
そうして中に入るとパタンと扉を閉じる。
「お兄さん、何処にいるの?暗くてわからない。」
灯りのついてない部屋は真っ暗で何も見えない。怖かった。
「ここにいるよ。」
オイルランプをつけてから僕の手を引いてくれた。
「ねぇ、この鍵は1つしかないし、扉は1つしかない。
この扉の鍵は1つしかないし、この鍵の扉も1つしかない。この意味わかるかな?」
そう問われ首を振る。
「君は一人しかいないんだよ。アイリスは一人しかいない。だから泣く事はない。」
そうだ僕が堪らなくなって泣いた理由は自分がどうして存在しているのかがわからなくなったからだ。
「この鍵は君にあげよう、君だけの扉の鍵だ。」
僕の首に鍵を掛けて微笑む。
「あー、また泣いて。」
困ったように微笑み言う。
「お兄さん、どこかに行っちゃうんでしょ・・。」
「よくわかったね、また会えるから笑ってくれないかい?」
ポンと僕の頭に手を置いてそのまま撫でてくる。
「わかった、またね。」
「サヨナラで手を振るんじゃないよ、また会おうで手を振るんだ。」
そう笑い彼は言った。
End
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