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「夏の終わり」

作者: 春秋 一五

狭間の塔の、二人の生前の話だと考えて読んでいただければ幸いです。

「ねぇねぇ、優君?」

「何? 愛莉?」

 小さい手が僕の袖を引く。人が多いので、振り向きづらいのはやまやまだが、無理をして振り向き、その瞳を見つめる。愛莉はそんな僕を、輝いた眼で見つめていた。

「祭だよ! 夏祭だよ優君!」

「……いや、それはわかってるよ?」

「な、なぬ!?」

「むしろ僕はこの状況を他に何と思うのさ……」

 ため息をつきながら前に向き直り、人ごみと対峙する。後ろで愛莉が「通勤ラッシュとか……?」なんて呟いているのは右耳から左耳へ突き抜けてもらうことにした。こんな香ばしい匂いのする通勤ラッシュがあるか。毎日胸焼けがするぞ。

 立ち並ぶ屋台から、若い男の快活な声が飛んでくる。普段は静けさに包まれる神社までの道が、祭が開催されるこの数日間は、人の往来も激しく、町で一番騒がしい場所となる。屋台で使われる白色の電球と、雰囲気のために吊るされている提灯からもれるオレンジ色の光が混じり合い、独特な雰囲気を作っていた。月の光はそれにかき消されて、どこかに消えてしまっている。月の綺麗なこの季節には、非常に残念なことだ。

「人多いねー、優君」

「そうだね。手、放さないようにね?」

「優君マジジェントルメン」

「……全然嬉しくないね、何でだろー」

 妙な発音で誉めてくるもんだから、何だかすごい複雑な気持ちになってしまう。これで愛莉には全く悪意がないというのだから、文句も言えない。

「浴衣何て着るの、いつぶりだろー?」

「そーだね、最近祭なんかいってなかったもんねー」

「ねー」

 白地に、ところどころピンクの花模様があしらわれた浴衣を着た愛莉が、自分の姿を見ながら言う。腰の近くまである黒髪に、白い浴衣は非常によく映える。確かにこの姿を見るのは久しぶりな気がした。数年ぶりであることは、間違いないだろう。

「お、優君優君、イカ焼きだよイカ焼きー」

「ん? 食べたい?」

「イカイカー」

「何も答えになってないけど、ね。すみません、イカ焼き二つください」

 幼馴染としての経験が、それは肯定だろうと判断する。どうやらその判断は間違っていなかったらしく、「よろしいよろしい」と愛莉は満面の笑みを浮かべて、屋台の男がイカにタレを塗るのを見つめている。何で偉そうなのかは甚だ疑問だが、そんなに嬉しそうな顔をされると、こちらもまんざらではない。自然と頬が緩んでしまうというものだ。

「はい、四百円ねー」

「あ、僕が払うよ」

 財布を取り出そうとする愛莉を制止して、ズボンのポケットから使い慣れている財布を取り出して、男の手に四百円を手渡し、その代わりに串に刺されたイカの足を二本受け取る。

「おぉう? どうしたのさ優君、珍っしー」

「何だか、奢りたい気分だったんだよ」

 財布を取り出そうとしていた愛莉を制止して、愛莉にイカ焼きを手渡す。少し怪訝そうな表情の愛莉であったが、素直に僕の好意を受け取ることに決めたらしく、柔らかな笑顔を浮かべて好意という行為の結晶であるタレの滴るイカを受け取った。かっこいい言い方した割には、何だか甘辛い物なってしまった。見た目に背かず、タレのつけすぎだ。イカ焼きというよりはタレな気がするけど。

 片手にイカ焼き、もう一方の手でお互いの手を繋いで、また立ち並ぶ屋台をのぞきながら人をかき分け進む。ソース系の匂いが強い中で、時々香ってくるベビーカステラの甘い匂いが、これまた食欲をそそるというものだ。有名なアニメのキャラクターをかたどったカステラは、夏の日差しに照らされたように、香ばしい茶色を誇っていた。

「あ、そーいえば愛莉」

「ふぁひ?」

 どうやら噛みきれないらしく、イカをくちにくわえたまま愛莉が返事をする。そこまでして答えなくていいのに、と苦笑を浮かべながら、僕は言葉を続けた。

「これって、夏祭でいいの?」

「はひがふふぁから、セーフ」

「えーと? 八月だからセーフ?」

「そーそー、まだ三十一日でっしょー?」

 ようやくイカとの戦いに勝利したらしい愛莉が、「でしょでしょー?」となんか妙に推してくる。まぁ、でも確かにまだ夏祭か、と心の中で納得しながら、僕も自分の分のイカにかぶりついた。やっぱりタレが濃いよ。

「ま、でもー、今年最後の夏祭かなー、さすがに」

「あー、そうだね。さすがにねー」

 九月の中旬とかなら、まだ無理して夏祭と呼べないでもないが、さすがにそんな短いスパンで祭を開くほど、この辺の地域の人間も浮き足立って生きていない。次に催し物があるのは、十月の下旬の秋祭だ。そのころには、もう服を着ることすら怒りを感じるほどの暑さはどこかに消えて行ってしまっているのだろう。別に露出する趣味がないことだけは注意しておこう。断じてないからね。ね?

「私の浴衣姿も、これで見納めだよ!」

「あ、かき氷が売ってるよ?」

「そこまで完全に無視されると素晴らしく清々しいね!」

 こんなにも人が周りにいるのに、愛莉は全く気にすることもなく叫んだ。近くにいた数人が、驚いたように一瞬こちらを見たが、すぐに各々自分の祭を楽しむことに集中する。まぁ、祭でテンションのおかしくなったカップル、とでも思われて呆れられただけかもしれないが。

「……っていうか、僕にどういう反応をしろというのさ、それに対して?」

「ず、ずばり、この浴衣似合ってるかな!?」

「あぁ、そーいう? すごい似合ってると思うよ?」

「そ、そそそそこまで完全に誉められてしまうとこちらとしてもどうしようもないね!」

 少し顔を上気させた愛莉が再び叫んだ。微笑ましいなぁ、と思いながら残っていたイカ焼きを全て口に詰め込む。最後までタレを全面に押し出してくるな、こいつは。

「ん? ぬぬぬ? 優君、あの娘……」

「え、どうしたの?」

 しばらく暴れていた愛莉が、急に神妙な面持ちとなって前方を指さした。あの娘と言われても、目の前にはあの娘がたくさん点在している。この中から、あのという情報だけで判断するのは不可能というものだろう。怪訝そうな顔を続ける僕にしびれを切らしたのか、愛莉が激しく飛び跳ねながら説明を付け加える。

「朝顔の柄の浴衣を来た、女の子! 小学生ぐらいの、ほら、今一人で立ってる!」

「んー……あー、いるね。知り合い?」

 確かに多数存在するあの娘の中に、補足説明に一致する少女が一人立っていた。その少女は、目の前にある唐揚げの屋台を食い入るように見つめている。よほど食べたいのか、その眼差しは真剣だ。そこまで見つめられてしまっては、店主も話しかけづらいだろうなぁ、と少し気の毒に思う。

「いや、そういうわけじゃないんだけど、ね……。何か、迷子みたいじゃない?」

「あー、なるほど。言われてみれば確かにね」

 言われてみれば、夏祭りにあの年頃の少女が一人で立っているというのはどうかと思う。何かの帰りに立ち寄ってみたというなら話は別だが、浴衣を着ているということはそうでもないのだろう。両親が同伴しているにしては、そのような存在は周りに見受けられない。同年代ぐらいの少年少女も、周りにはいなかった。

「迷子、なのかもね。話しかけてみる?」

「さっすが優君、その名の通り優しさが滲み出てるね!」

 滲み出るという言葉は決して誉め言葉には聞こえないが、まぁそこは気にしないことにして、まだ唐揚げの屋台の前に立っている少女の元に近寄っていく。不審者だと思われないなぁ、と思いながら十分に近づいたところで、少女に目線を合わせるためにその場に屈んだ。

「迷子かい?」

「……ふぇ? あ、え、わ、私ですか!?」

 よほど唐揚げに熱中していたのか、しばらくの沈黙の後、焦ったような返事が返ってきた。あれ、怪しい奴だと思われただろうか。と、少し不安になったものの、話しかけてしまったものは仕方ない。それに僕はそんなに悪人面をしていないという自負がある。よって大丈夫だ。何の自信だ。

「うん、一人で立ってるから、大丈夫かなって」

 愛莉も僕にならって目線を合わせてから、少女に声をかけた。そんな僕ら二人をしばらく驚いたように目を見開いて見つめているだけの少女であったが、やがて怪しい物ではないと判断したのか、表情を緩めて僕たちに言葉を返してくる。

「あー、そうですね。迷子って言われたら、そうかもしれないです」

「「……?」」

 妙な答に、愛莉と二人揃って首を傾げる。はっきりとしないというか、なんというか。迷子じゃないなら、そういえばいいと思うのだが、そうとも言い切れないらしく、妙なつっかかりがある。じゃあ、何だというのだろうか。

「迷子……、そうですね。どちらかというと、探し物をしているというか、まぁ、そんな感じですね」

 そう言って苦笑いを浮かべる少女に、何と言えばよいのだろうか、全く思いつかない。迷子と探し物は、違う位置に存在する言葉だと思うのだが。

「つまり、何か、なくしたってこと?」

 愛莉が自分の解釈を口にする。随分と噛み砕いているが、つまるところそういうことなのだろうか。何も理解することができず、話しかけた年長者である僕たちの方が狼狽えてしまうという滑稽な状況が出来上がってしまった。傍から見れば、さぞおかしな二人組に見えるだろう。

「なくした……。そうですね、今から見つけるんです。それがどんなものかは、私にもよくわからないんですよ」

 自分の髪の毛を一撫でして、少女はにっこりと笑った。愛莉ほどではないが、長くのばされた黒髪は二つにまとめられて、左右均等に揺れている。幼い容姿であるのに、随分と不思議な物言いをする子だな、と少し感心すると同時に、言葉の意味を理解しようと働かせていた脳みそが根を上げる。

 迷子かと言われれば、そうではあるが、探しているのは人ではなく、もので、それが何かと問えば、自分でも見たことがないという。つまり、僕たちの疑問は何もかも解決に至っていない。

「えー、と……、何を探してるのか、教えてくれないかな? お姉さんたちも、手伝うから、さ」

窮した愛莉が目を白黒させながら少女に問う。絵に描いたような混乱の仕方だ。僕も恐らくあれぐらい混乱しているのだろうが、あんなにあからさまに態度には出してない。さすがにあれは分かりやすすぎだ。

「そうですね……私は」

少女は少し考えるような表情を見せたあと、これまた苦笑いを浮かべて言葉を口にする。

「夏の終わりを、探しているんです」


   ☆ ★ ☆ ★ ☆


 ソース気の強い屋台のなかには珍しく、グレープの屋台が鎮座する後ろの、少し段差になっている場所に腰かけて、僕たちは三人で一つの唐揚げを囲んで少女の話を聞いている。愛莉と少女の唐揚げを食べるペースに着いて行けずに、ほとんど僕は口に運ぶことができていないんだが、まぁ、いいとしよう。僕の三百円はこの二人の笑顔に投資したということで。

「で、夏の終わりを探してるって、どういうことなの?」

 問いながら、空になった唐揚げの入っていた紙のカップをつまみ上げる。何という速さで食べ進めるのか、この子たちは。一種の関心に似たものまで感じてしまう。

「もう、八月も終わりじゃないですか?」

「そうだねー、明日からはもう九月だよー」

「ですよね。あ、申し遅れました、私は、糸崎 蘭です。十二歳の、小学六年生です」

 名乗っていないことに気付いたのか、少女改め蘭は、丁寧な敬語で自己紹介を始める。年齢の割に敬語がちゃんと使えているなーと、全く持って敬語が話せない愛莉を見つめながら思う。「ん、何かなその失礼な目は?」おっと、顔に出てしまっていたようだ。妙に鋭いな、愛莉は。

「あ、僕は優。長峰 優だよ」

「おーっと、無視かー。そんなに完全に無視してくるのかー……。あ、私は愛莉だよー」

 無視せずに一体どうしろというのかわからないが、こっちも簡単な自己紹介を済ませる。蘭は僕たちの顔を何度か見つめて、そして笑って見せた。

「お二人は、とても仲がいいんですね」

「どやー」

「……なんだろう、少し虚しくなってきた」

 大きく胸をはった愛莉の横で頭を抱えた僕を見た蘭が、再び笑みを浮かべる。子供らしい無邪気な笑顔というよりは、大人びた女性の様な静かな笑みだ。

「で……、あ、どこまで話しましたっけ?」

「八月が終わるー、のあたり」

「あ、そうでしたね。八月が終わると、何だか夏が終わるような気がするじゃないですか?」

 蘭が小首を傾げる。そう言われても……、今からも暑さはきついし……。と、思って愛莉を見ると激しく首を縦に振っていたので、そうか、僕がおかしいのかと思い直す。

「夏休みが終わると、あ、夏も終わりかー、って思っちゃうよねー。すごいわかるー」

「ですよね。夏休みが終わると、もう秋かー、ってなっちゃいますよね」

 理由はなるほど単純だった。小学生と同じ意見を持ってはしゃぐ愛莉が正しいのか、暑さとかで考えてしまった僕が正しいのか、最早判断しかねる。まぁ、でもとにかくこれを認めないと話が進みそうにないので咎めずに話を聞くことに徹する。ここは、精神年齢が蘭以下の愛莉に任せることにしよう。僕は年をとりすぎた。

「で、ですね。私、今年は夏を満喫していない気がするんですよ」

「ほー? というと?」

「海にも、山にも、川にも行ったのに。何だか、物足りないような気がして。何だか、夏の終わりが来ていないような、そんな気がするんです」

 蘭は夜空を仰いで、呟いた。つられてその夜空を見つめると、空に散りばめられた星たちが、僕たちを見下ろしていた。確かに夏は過ぎ去り、秋が近づいてきているのかもしれない。そんな予感がするような、夜空だ。

「だから、私は今日のうちに夏の終わりを見つけなきゃいけないんです。本当に夏が終わっちゃう、その前に……」

「……よしっ!」

 物憂げな蘭を見た愛莉が、何かを決意して勢いをつけて段差から飛び立つ。「うぉい危ない!」勢いのつけすぎだ。慌てて出した僕の腕を愛莉がこけるぎりぎりのところで掴んで、立ち上がらせる。

「いやー、浴衣って歩きづらいね!」

「いや、ねって言われても……。で、何を決意したの、愛莉?」

 僕は普段着で来ているので、特に歩きづらさを感じない。よって同意することはできないので話を変えることにした。「ふふん、よくぞ聞いてくれた優君よ!」僕の腕を掴んだまま、愛莉は見えを切る。どうしても、かっこがつけたいらしい。この娘は。

「私たちが、蘭ちゃんの夏の終わりを、プロデュースしてあげようじゃないの!」

 ……いや、

 なんだそりゃ。


   ☆ ★ ☆ ★ ☆


「うむうむ、かき氷も捨てがたいね」

「なかなか夏らしいですね……。あ、たこ焼きもお祭りっぽくていいんじゃないですかね」

「ほうほう、それもいいね……。よし、優君!」

「……はいはい」

 プロデュースと言い張った愛莉が始めたことは、単なる食べ歩きだった。しかも生憎蘭はお金を持ち合わせていなかったらしく、代金は全て僕持ちである。いや、愛莉の分を僕が払うというのはさすがにおかしくないかということに気付いたよ、僕は。笑顔への投資というには、なかなか過酷な金額となってきた。こっちが少し笑えなくなってきたよ。

 指示通りに、二つのかき氷とポテトを持って二人の元へと戻る。もう、そのころには二人は次の屋台へと目を向けているのだ。何だろう、僕が全く報われない。報われるのは、この二人と屋台のオヤジたちだけだ。快活なはずの店主の笑顔に、腹が立って仕方ない。

「どーぞ……」

「おー、ありがとー優君!」

「ありがとうございます、優お兄さん」

 何だか、呼び方に多少引っ掛かりがある。呼ばれなれないので、くすぐったいような感じがしてならない。だからと言って咎めるわけにはいかず、微笑みながら「いえいえ」というしかない。何だか、いきなり二人の妹ができたみたいだ。蘭の方が姉に見えるのは、愛莉の悲しい性ということにしておこう。

「あ……、優君?」

「今度はなんだい? たこ焼きか、アイスか、どれなんだい?」

「な、なんで少し怒り気味なのさ!? いやぁ、かき氷とポテトは共存できないのかなぁ、って」

 そういって、愛莉は右手に持ったかき氷とポテトを自分の目線の高さまで上げて、笑って見せる。言いたいことはわかったが、なるほどこれが女子の買い物に付き合わされる男子の気持ちというわけか。悪態の一つでもつきたいところだが、蘭を助けるためだと思ってここはぐっと我慢する。納得のいかない節があるのはわかる。わかるが僕よ。耐えることが、今の僕の仕事だぞ。自分へ必死に言い聞かせて、愛莉と蘭のポテトを受け取った。

「ありがとう優君! いやぁ、かき氷はやっぱイチゴ味だよね!」

「そうですね、綺麗な色、してますし」

 二人とも横並びになって一緒に歩きながら、白い練乳の雪がかかったピンク色の頂を、プラスチックのスプーンですくい、かぶりつく。途端笑顔になる二人は、本当に姉妹の様に見える。どっちが姉かは、もうみなさんの知っての通りだ。

「おー! 冷たいよ、冷たいよ優君!」

「こ、氷だからそれはね……?」

「ありがとうございます、本当においしいです」

「……蘭は、本当に良い子だと思う……うん」

 感動して、つい蘭の頭を撫でてしまう。「ふぇ? あ、そんなこと、ないです」不意な行動に少し戸惑っていた蘭だが、少し照れたように頬を染めている。色白な頬に差した朱は、絵の具に水を垂らしたように顔に広がっていった。

「……ん?」

 そこで、僕はちょっとした違和感を覚えた。確認するように蘭の頭を撫で続ける。横で、はりせんぼんばりに頬を膨らませている愛莉は今は眼中から退出してもらうとして。

「ど、どうかしましたか?」

 怪訝そうな顔をしながら、延々と頭を撫で続ける僕を不思議に思ったのか、蘭が顔を覗き込んできた。

「あ、いや、なんでもないよ。ごめんね」

 気のせいだと思い直して、蘭の頭から手を離す。それと同時に、蘭が止めていたかき氷を食べる手を、再び動かし始める。止めてしまっていたことを少し申し訳なく思いながら、体勢を立て直すと、最高潮まで頬を膨らませた愛莉と目があった。……よくもまぁ、そこまで膨らませたものだ。と、心の中で拍手を送る、前に謝るべきことなのかこれは。

「え、えーと、ごめんね?」

「いーよいーよ、優君ってそういうやつだもんねーだ! ふん!」

 あからさまにふてくされた様子の愛莉が、空のかき氷のカップを突き出してくる。そして逆の手でポテトを要求してくる。その食い意地には感服する限りだ。おとなしくその要求に従って、ポテトを手渡す。

「やっぱり、お二方は仲がいいですよね」

「……どーだか」

 笑顔の蘭の言葉に素直に頷くことができないのが辛い。そして蘭は空のかき氷の(以下略)。本当に、君らの食欲は僕には未知の領域だ。

 その後、リンゴ飴等数々の生贄を捧げることによって、愛莉の機嫌はなんとか回復した。ちなみに僕の財布の中身……いや、生々しい話はなしにしよう。今日は楽しい夏祭だ。涙は似つかわしくないだろ? なぁ、主に僕よ。

 しかし、簡単に治った愛莉の機嫌とは裏腹に、蘭の言う「夏の終わり」を見つけ出すことはなかなか難しいようで、「夏終わった?」と愛莉が聞いても、苦笑いで首を傾げるだけだ。その聞き方が悪いとも思うが、その反応は決して良い物だとは言えない。

 「夏の終わり」が何かはわからないまま、でも、確かに「夏の終わり」は近づいてきている。時の流れではなく人の流れに逆らいながら、僕たちはその「夏の終わり」を探すために、祭に酔った人たちをかき分け進む。

 大体の屋台を冷やかし終えた僕たちの足は、自然と一つの方向を向いている。そのことに気付いたのは、愛莉がニヤニヤと相好を崩してからだ。

 目の前に広がるのは、幻想的な光を灯した無数の提灯の光。

 そうそこは、この祭のメイン会場である、鈴音神社であった。


   ☆ ★ ☆ ★ ☆


「さぁさぁ、ここからが本番だよ!」

 鈴音神社の鳥居をくぐり、愛莉は胸を張って大きく腕を広げた。じゃあ、今までの食べ歩きはなんだったのかと問いたい。最低でも僕の財布はさっきまでが正念場だった。祭で正念場に出くわすというのが、まずおかしい話ではあるのだが。

「わぁ……一段とすごい人ですね……」

 蘭が身を縮めながらそう言った。この人ごみの中では、いくら狭い境内の中とはいえはぐれてしまいそうだ。そう思って、手を繋ごうと先ほど手を差し出したら、愛莉に「優君なんて大っ嫌いだぁー!!」と、周りの人々を一瞬で黙らせてしまうほどの大声をあげられたので、愛莉が僕の服の裾を掴んでそれの代わりとしている。そこまで嫌いと豪語されると、少し傷ついてしまいそうだ。

「そりゃそーだよ、ここからがこの夏祭りの一番のイベントなんだから!」

 そう言って再び自信満々に胸を張ったが、別に愛莉が何かするというわけではない。ちなみに、その愛莉はすごい力で僕の右手を握っている。何だか、怨念のようなものすら垣間見えたので、おとなしくその力に耐えることにする。本当に、この細腕が出している力だとは思えないんだけど。

「何があるの?」

「内緒内緒ー、もー、絶対びっくりするんだから!」

 僕は今、君の力に一番びっくりしているよ。と言ったら右手を粉砕されそうなので、それはやめておくことにした。僕だって利き腕を失うのは惜しい。

 愛莉は何かの確信を持っているのか、それとも当て推量で進んでいるのかはわからないが、一定の方向へどんどん進んでいく。僕は少し後ろを歩く蘭に気を遣いながら、その手に引かれて背中を追う。いったい何が待ち受けているかはわからないが、とにかく財布がこれ以上泣かないのなら僕はなんでもいいような気がしてきた。うるさい自棄なんか起こしてないぞ。

 人ごみをかき分けていく中で、ふと、さっき蘭の頭を撫でたときに抱いた違和感を思い出す。そういえば、あれはどういうことだったんだろう。……と、いうか、蘭は色々とよくわからない。

 最初に出会ったときに僕が蘭にした、迷子かどうかを問う質問には、愛莉は結局応えることなく、「夏の終わり」を探しているのだ、と応えた。それは応え、であって答、ではない。結局僕の質問はないがしろにされていた。それに、つれがいるのなら、僕たちとずっと一緒に行動するというのはおかしいだろう。少しは、つれを心配したり、親が同伴していたのならば焦るような素振りを見せてもいいはずである。しかし、蘭は今のところずっと夏祭を普通に満喫している。やはり、蘭は一人で来たということなのだろうか。

 それに、蘭は「夏の終わり」を探すことに少し焦っているようにも感じられた。それは、何故なのか。

 そして、さっきの違和感。

「……あれ?」

 そこで、ある一つの結論にたどり着く。でも、それは信じられないような話で、思いついた自分でも何を言っているのかよくわからなくなる。でも、あの違和感と、これまでの蘭の不思議な行動を繋げてみると、その答えにしか行きつかない。

 でも―――、そうだと、したら―――――。

「蘭、もしかして、君は」

 ドォン

 意を決して蘭に話しかけようとした僕の言葉は、いきなり鳴り響いた大きな爆発音にかき消される。僕の言葉を聞いて首を傾げた蘭も、その音に驚き、体をびくつかせた。一体なんだというのだろうか、テロか。テロリズムか!?

「ほら、見給えよ!」

 そう、愛莉が指さした先にあったのは、

 ドォン

 大きく咲いた、大輪の花。

 まさに、夏の風物詩。

 打ち上げ、花火であった。


   ☆ ★ ☆ ★ ☆


 普段なら星が瞬く空に、一瞬の寿命の花が咲いていく。星も、その時ぐらいは主役を花に渡すようで、すっかりと周りに姿を現さない。そして、光の花から零れ落ちた花びらたちは、宙をしばらく漂った後、霧散していく。

「なるほど……、鈴音祭って、これがあったね」

 何しろ祭に来ること自体久しぶりなので、失念していた。いつ以来だろうか……と、思い返してみると行き着いたのは小学校六年生の時だった。丁度蘭と同い年の時ぐらいか。あのころは無邪気だった……、と考えたは良い物の、特にそうでもなかった気がする。ひねくれた子供だった。逆に愛莉は今でも無邪気だ。永遠の小学生☆的な? 幼馴染ながら悲しくなってきた。

「うわぁ……、綺麗ですね……」

 蘭が感嘆の声を上げる。その瞳は、年相応に輝いている。ずっと大人っぽい立ち振る舞いであった蘭にしては、珍しい挙動だ。やっと小学生らしさを垣間見ることができた。これはいい線を言っているのではないだろうか。

「うぉー、優君すごいよ! 真っ赤だよ! ちょー光ってるよ!」

 ……愛莉の方が断然はしゃいでいることには、目を瞑るとしよう。せっかくの美しい花火をそんなことで見逃すのは惜しいので、物理的に目を瞑るわけではないが。と、いうかはしゃぎ方何歳だよ、君は。

 花火たちはどうやら鈴音神社があるこの場所から、少し遠い場所で打ち上げられているようで、ちょうど綺麗な大輪の花が見えるように調整されていた。

「愛莉、調べてきてたんだ?」

「ん? そりゃーねー。お祭り、すっごい楽しみにしてたから!」

 何の悪意もない笑顔に、一瞬花火を見ることも忘れて見入ってしまう。急に頬に熱が帯びていることを感じて、慌てて顔を背けた。その先で、花火を見上げていた蘭と目が合う。

「……お邪魔です?」

「……子供が変なとこで気を遣うんじゃないよ」

 どこにも逃げ場がなくなったので、おとなしく僕も花火を見ることに徹する。最初からそうしていればよかったのだ、全く僕め。

 花火はしばらく辺りに光をばらまき、やがて星に夜空を照らす役目を返した。轟音と感嘆の声に包まれていた境内の中も、また雑多な人々の声に包まれる。しばらくその場に黙って立っていた僕たちも、その変化に気付いて、三人で顔を見合わせた。清々しい表情の愛莉が、蘭に目線を合わせて話しかける。

「ねー、夏は終われた?」

 ……そうだった、僕たちは蘭のために夏の終わりを探していたのだ。いつの間にか、自分で楽しむことに専念してしまった。忘れていていた僕に比べ、ちゃんと花火があることを調べていた愛莉は大人ということだろうか。なんだろう、死にたくなってきた。

「あー…………」

 蘭は、僕の袖からゆっくり手を離して、自分の体を見回す。その動作に果たして何の意味があるのかはわからないが、先ほどの無邪気な笑いでなく、遠慮したような苦笑いがその顔を埋めた。その顔がどんなことを意味するか、言葉がなくても理解できる。

「……ごめんね、蘭」

「いえいえ、いいんですよ! 謝らないでください、無茶なお願いしたのは私何ですから!」

 蘭の言葉より先に謝罪した僕を見て、蘭は激しく首を横に振った。僕は切なくなって、その場にしゃがんで蘭の頭の上に手を置く。

「大丈夫です、私、もう、十分に満足しましたから……。ありがとうございました」

「いや……諦めるのは、まだ早いよ!」

 僕の手を握ったまま、明後日の方向を見つめていた愛莉が、頭を下げようとした蘭を制止する。その言葉は、負けず嫌いな愛莉らしい。でも、これ以上に何があるというのだろうか。この祭りのウリは、あの打ち上げ花火だ。

 あれ以上に美しく、夏を象徴しているものがどこにあるというのだろう。

「私には、まだ……っと、ちょっと待ってね」

 見得をきったは良い物の、準備ができていなかったらしく、愛莉は持っていた小さなカバンをあさりだす。きまらないなー、と苦笑いしながら、僕と蘭はその姿を見つめていた。やがて、愛莉はお目当てのものを見つけたのか、「仕切り直し仕切り直しー」と、一人で勝手に決意する。

 そして、もう一度、

「私たちには、まだこれがある!」

 そう、思いっきり手をカバンから引き抜いて叫んだ。そのおかげで、僕たちだけでなく、周囲にいた人たちも、その大きく掲げられた手に注目する。

 しかし、そこにあるのはそれほど注目を浴びる様なものではない、細く、風に靡く弱々しい物。

 先ほど見た打ち上げ花火と対比すると、規模が果てしなく小さく、弱くて、儚く、

 でも、

「線香……花火」

 確かに、夏の終わりを、象徴するものだった。


   ☆ ★ ☆ ★ ☆


 あぁ、そうだ。夏が終わる前に、さ。

 この違和感も、どうにかしなくちゃね。

 ねぇ、蘭。


   ☆ ★ ☆ ★ ☆


「よしよし、じゃあ、早速はじめちゃいますか!」

 花火の許可がされている近所の公園に立ち寄って、三人で二本ずつ線香花火を持って、正三角形を作る形に座る。僕たちの他に、人のいない公園は閑散としているが、近くで行われている祭の喧騒が少しだけ聞こえていて、静まり返っているわけではない。しっかりと、夏祭の雰囲気を醸し出していた。

「いや、ちょっと待つんだ愛莉」

「な、何だってぇ!?」

 そんなに驚くことないのに。歌舞伎役者の様な振る舞いのまま静止している愛莉の肩を揺さぶり、言葉をかける。

「まだ、水を準備してないじゃないか」

「ほうほう、それもそうだね。どこにあるかな、水はー」

「公園を出て、右に曲がったところに水道があったよ。探しておいで」

「よし、了解。承ったよ!」

 それは敬語なのかため口なのかはわからないが、愛莉は自分の分の線香花火とマッチを置いて公園の外へと駆けだした。浴衣で走り辛いだろうに、とその後ろ姿を多少の罪悪感を抱えながら見送る。その小さな背中が、やがて闇に紛れて見えなくなるのを見届けて、僕は蘭の方に向き直った。

「本当に、面白い方ですよね」

「でしょ、おかげで毎日飽きないよ」

 結構体力つかうけどね、という言葉は奥歯でぎりぎりと噛み潰して、背中に隠し持っていた水の入ったかき氷のカップを蘭と僕の中間にそっと置いた。それを見て、蘭は目を丸くする。

「え……、持ってたんですか?」

「そうだね。愛莉には悪いことをしたと思ってる……よ。でも、僕は君と話したいことがあるんだ。蘭」

 これが愛莉だったら、「愛の告白か! プロポーズか! それともアイラビューか!」と問い詰めてくるところだが、蘭は一度息をのんで、神妙に頷いた。そして僕の中の愛莉よ、それは全部同じ意味だ。

「はい……、なんでしょうか」

「とりあえず、花火に火を点けようか。それを見ながらでも、悪くないと思うんだ」

 そう言って、箱からマッチを取り出し、箱の側面でする。途端、夜の闇を、ぼうっと小さな炎が照らした。そこに映し出された蘭の顔は戸惑っていたが、おとなしく一本の線香花火をこちらに差し出してくる。僕は、それにマッチの火を近づけ、線香花火に命を与える。同じように、僕の分の線香花火にも点火した。

 ぶぶぶ、と小さな音をたてて線香花火の先端に小さな炎の球が生まれて、やがてそこから小さな火花が発生し、その名の通り火の花が咲いた。やはり迫力では打ち上げ花火に負けるところがあるが、それでも線香花火には、線香花火の美しさがある。

「……きれいですね」

「そう、だね……」

 蘭が頬を緩ませる。自然な笑みだ。僕はその顔を見て、先ほどの話を続けることに迷いが生じた。……でも、しかし、多分、だ。

 これを明らかにしないと、蘭の……、いや、僕たちの夏は終わらない。

「ねぇ、蘭」

「……はい」

 僕が小さく呼びかけると、蘭もまた小さく返事をした。僕の話す内容を察したのか、それとも線香花火に見惚れているのか。それは僕にはわからない

「君は、もう――」

 僕はそこで一度言葉を切った。そこで、ちょうど僕の分の線香花火が力尽きて、落下する。儚さと、切なさを孕む美しさは、まさに一つの命の終わりを表しているかのようであった。

「この世に、いないんじゃないかな」

 そう、最後に僕が言ったとき、蘭の分の線香花火も落下した。辺りを一瞬、闇が包み込む。

 そして、闇から言葉が生まれた。

「……どこで、そう思ったんですか?」

 否定でも、肯定でもなく、蘭は優しくそう言った。蘭は今、何度も見せた悲しげな笑いを見せているのだろうが、花火の光に慣れた目では、少しその表情は判断しづらい。

「……まず、出会ったときに少しおかしいと思ったんだ。君ぐらいの年の子が、祭に浴衣を着て一人で来るなんて。まぁ、でもそれはあり得ない話ではないよね。他には、君は年齢にしてはおとなしすぎる。それも、まぁあり得ない話ではない。でも、決定的なことが一つあったんだ。そこで違和感が、全部つながった」

 蘭は何も言わなかった。ただ、暗闇の中で静かに僕の言葉を待っている。

「君の、体温だよ」

 あの時、蘭の頭を撫でた、その時。

 蘭の体温は、かき氷を持っていた僕の手よりも、冷たかった。初めはポテトのぬくもりと比較していたからだと思ったが、打ち上げ花火が終わった時に再確認して、僕はそれを確信した。

「……そうですか、気付いてたんですね」

 蘭が少し驚いたような声を出した。だけど、蘭はすぐに笑って、花火の燃えカスを見つめながら種明かしを始める。

「……お話の通り、私は、もうすでにこの世にはいません。今いる私は、体を持たない、まぁいわゆる幽霊みたいなものです。一つの心残りを晴らすためだけに、この世に残っている、幽霊」

 自嘲気味に笑った蘭は、残った一本の線香花火を僕の方に向けた。火を点けろ、と催促しているようだ。僕はそれに従って、再びマッチをすり、花火に火を点ける。

「ありがとうございます。……私が死んだのは、一週間前のことです。私は突然、事故にあいました。即死だった……、みたいです」

 再び線香花火の先端に、小さな炎の球が形成されていく。蘭はそれを見つめながら、話を続けた。

「あとは……、まぁ、お察しの通りです。夏の終わりを探していたけど、具体的にそれが何かわからずに、彷徨っていたんですよ。私の姿は、他の人には見えません。だから、お二人に話しかけられたとき、私本当に驚いたんですよ?」

 初めに話しかけたときの蘭の反応を思い返す。確かにおとなしい蘭にしては、かなり大きな反応であった。

「だから、お二人に夏の終わりを任せようと思いました。この人たちなら……、私に夏の終わりを見せてくれるって、そう思ったんです。あ、浴衣を着ていたのは事故にあったのが夏祭りに行く途中だったからで、話し方は……、まぁ、くせですね」

 蘭はそこで話を終えた。僕の分の線香花火が、そこで息絶える。

「私の、勝ちですね」

 子供らしい笑みで、蘭は僕を見据えた。僕はその笑顔を見て、夏の終わりを確信する。

「蘭……それ……」

「あ……、やっぱり、夏の終わりが来たみたいですね」

 蘭の体は、段々と夜の闇に溶けていっていた。具体的に言うなら、体の端々から蛍の様な光の粒子が舞い、中空に消えていく。ここで、先ほど愛莉が夏の終わりについて蘭に問うた時に、何故蘭が自分の姿を見つめたのかが理解できた。

「そういえば、私は夏休みの最後に毎年線香花火をしていたんです。今思い出しましたよ。遅かった……ですね。すみません、付きあわせてしまって」

「……いいよ、僕たちも、楽しかったから」

「そう……、ですか。なら、よかった。……愛莉お姉さんにも、お伝えください」

 線香花火が激しく揺れる。

 そして、

「あ……終わりみたいですね。では……ありがとう、ございました――――」

 線香花火が地面に落ちると同時に、蘭の光は、空に消えて行った。花火の燃えカスだけが、地面に落下する。後に残されたのは、真っ暗な闇と、燃えカスをいつまでも持っている僕だけだ。目の裏に残った光の残像だけが、それを照らし出している。

「おーい、優くーん! 水すっごい遠かったんだけどー……、ってあれ? 蘭ちゃんは?」

 紙コップに水をついできた愛莉が、僕だけしかいないという光景に首を傾げた。僕はそれにどう答えようか一瞬悩んだ末に、笑顔で言葉を紡いだ。

「……夏の終わりを見つけたからって、帰ったよ」

「……そうなんだ」

 一瞬残念そうな顔をした愛莉であったが、何か納得したような顔になり、僕の隣にしゃがんだ。そして、僕に二本残っていた自分の線香花火の内、一本を僕に手渡して、マッチを取り出した。

「じゃあ……、私たちも夏を終わらせようじゃないの!」

「そう、だね……。それがいいよ」

 時間差でつけられた僕たちの線香花火は、命を燃やし、僕たちにその美しさを見せつけてくる。

 先ほどまで聞こえていた、夏祭りの喧騒はいつのまにかどこかに消えてしまっていた。代わりに近くの草むらからは、静かな鈴虫の音色が聞こえる。

 だから……きっと、この線香花火の命が尽きるとき。

 僕たちの夏も、終わるのだろう。

「綺麗だね……」

「うん……」

 僕たちは残り数秒となった夏を噛みしめる。

 そこから始まる新しい季節を、心待ちにしながら。

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― 新着の感想 ―
[一言]  こんにちは!流響奏人さんの「夏の終わり」を読ませていただきました!なんか、題名でグっ!ときて衝動的に読ませていただきました!ありがとうございました!
2013/11/13 21:44 退会済み
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