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着物は汚れてしまったし、袖も少々破れてしまったが、お由美はお美羽に助けられながらも、何とか屋敷の中に入り込む事が出来た。こてつにいたっては余裕で通り抜けてしまう。これなら男性には無理でも女性なら何とか潜り込めてしまうだろう。
泥棒さんって、女の人の方が向いているのかもしれないわね。由美は妙な感慨にふけっていた。
「で、おばさんはここになんで潜り込んだの? 何か用があるんでしょ?」
「ああ、そうそう。ここに泥棒さんが忍びこめそうなところがないか、確認したかったの」
「……今、通ったところがそうなんじゃないの?」
「……そう、みたいね。他にどこかこんな場所があるのかしら? 出来ればお金をしまっていそうな、御蔵か何かの近くとかに」
「私も隣の屋敷から見ただけだから、他の場所は分かんないな。何? おばさん泥棒なの?」
「私が? とんでもない!」
由美は大きく首を横に振った。
「だよねえ。こてつを連れているのも変だし、なんかおばさん、トロそうだし」
お美羽は一人で納得し、ふと気が付く。
「あれ? こてつは?」
二人が話をするうちにこてつの姿が足元から消えている。見ると、こてつは何かを気にするように耳を立てて勝手に歩いて行ってしまう。
「こてつ、ダメよ。一人で歩いちゃ」
お由美がこてつのあとを追う。その後をお美羽が追いかけていく。こてつはどんどん奥に進んで行き、少し広い庭先に出たが、そこには 大きな檻があった。中にはたくさんの子犬が鳴いている。
「こんな檻に小さな子犬を一杯入れておくなんて……かわいそうに」
由美は呆然と子犬達を見ていた。
「それより、こてつを捕まえないと」
そう言ってお美羽がこてつをようやく捕まえると、目の前にぬっと人影が現れた。
「何だ、お前達。どこから入ってきた?」
見るからに屈強そうな浪人風の男が二人を怪しげに見下ろしている。
お由美の方は驚いてしまって声も出なかったが、勝ち気そうなお美羽はすぐに言い返した。
「私達はこてつを追いかけて来ただけ。生垣から入ったこてつを追って来たのよ。その子犬達は何なの?」
「お前達には関係ない。痛い目に会いたくなかったら、さっさと出ていきな」
男はそう言うと、こてつを抱えているお美羽の腕を、そのままつかんで引っ張った。
「痛い! ちょっと! 何すんのよ!」
お美羽は大声で叫んだのだが……
「その手を離しなさい!」
と、鋭い声が飛んできた。
「誰だ? あんたは?」
「関口さん。この方は……」
使用人の男が説明しようとしたが、お富士がさえぎった。
「私はここの使用人が護身術を習いに来ている道場の者です。か弱い娘さんに大の男が何をするんです? さあ、その手を離しなさい」
お富士は声を張ってきっぱりと言った。
「ああ、あんたが噂の護身術の女先生か。ここは見知らぬ人間がうろうろしていいような場所じゃないんだ。とっとと出ていきな」
関口はそう言って乱暴にお美羽の腕を離した。こてつは関口に向かって唸り声をあげている。
「さあ、行きましょう。ここに長くいてはいけないみたいだから」
お富士は二人を促して門の方へと歩いて行く。
お由美とお美羽は仕方なくこてつを抱き上げたまま(結構重かったのだが)お富士に付き添われるようにして、屋敷を無事に出ていった。