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夫婦喧嘩の勢いでお由美とこてつが屋敷に潜入する。普通に馬鹿馬鹿しい作戦が、どういう訳か(作者の都合でね)まかり通ってしまって、お由美はこてつを連れて大きな屋敷の前に立っていた。
「このまま入っちゃっていいのかしらね?」
こてつに話しかけるが、こてつだって首を傾げるしかないだろう。
「正面からじゃ無理ね。どこかに裏口は無いかしら……」
お由美はこてつを連れて屋敷のまわりをうろうろし始めた。
あちゃー。やっぱり行かせるんじゃなかった。結局心配で物陰に隠れている鉄之助はこっそり頭を抱えていた。
その頃隣の屋敷から、一人の少女が腰元姿でこっそりと屋敷を抜け出していた。
「じい。ごめんね。私、どうしても江戸の街を見てみたいんだ」
そういいながらコソコソと歩いていると、こてつを連れたお由美と行きあたった。何となく顔を隠すように通り過ぎようとしていたが……
「姫様! どこにいるんです! 美羽姫様!」
と、後ろから初老の男が追って来た。
げっ。もうバレたの? 早すぎるよ。まだ屋敷を出て数歩しか歩いてないのに。少女は慌ててお由美の背中に隠れた。
「お願い、追われてるの。かくまって」
そう言って身を縮めながら顔を隠す。
初老の男はお由美達に気が付いたが
「わん! わんわん! わん!」
と、激しく吠え始めたこてつに戸惑って、近づいてはこない。
「あ、あの。今、この辺を姫が……若い娘が通りませんでしたか?」
男が及び腰に聞いた。
「若い娘さんなら、さっき、あっちの方に向かって走って行きましたよ」
お由美は少しばかり良心がとがめたが、とりあえずそう言って娘をかばった。
「あっちですか。ありがとうございます。姫! ひ~め~!」
そういいながら初老の男と、後から出て来た男達がお由美の指示した方へと走り去っていく。少女はようやく顔をあげた。
「あなた、お姫さまなの?」
お由美は聞いた。
「好きでやってる訳じゃないけどね。お前も私をかばってくれたのね。ありがとう」
そう言って少女はこてつをなでまわしている。こてつの方も嫌がることなくにっこりして 少女に好きにされている。相性がいいのだろう。
「犬が好きなのね」
お由美はほほえましく見ている。
「大好き! でもこの子、犬というより、タヌキの置物みたいな姿で座るのね」少女はくすくすと笑いながらまだ、こてつをなで続けていた。
「……それ、人によく言われるのよね。こてつはこんなに立派な柴犬なのに」
「こてつって言うんだ。こてつ、私はお美羽よ、よろしくね。こてつは立派な犬よ。私をあんなに勇敢にかばってくれたんだから。おばさんはどこに行くところだったの?」
「ここのお屋敷の中に潜り込まなきゃいけないんだけど、どこから入ればいいのか分からなくて」
「潜り込みたいの? なら、あっちの生け垣に巧い隙間があるよ。最悪ここのお屋敷に隠れようと思って、目星を付けといたところがあるんだ。こっちこっち」
お美羽はそういってお由美を引っ張って行く。こてつも後からついてきた。
……なんだ? なんだ? なんだ? 何がどうなっているんだ? 鉄之助は唖然としていた。
姫と呼ばれる変な娘と、何故かこてつの気があって(だから、作者の都合だってば!)お由美が引っ張られて連れていかれているぞ? あ……あ……、生垣から潜り込んでしまった。どうすればいいんだ!