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「こてつをお仕事に使うですって?」
妻のお由美の目が突然つり上がった。普段お由美は比較的おとなしく、一歩下がった態度のとれる武家の妻に相応しい女性なのだが、話がこてつの事となると少し(?)人格が変わってしまう。
「危ないお仕事なのね? そうなんでしょう? そうに決ってる!」
珍しくお由美は夫に聞く耳を持たない。お由美は鉄之助以上にこてつを溺愛していて、こてつの身に危険が振りかかるような事には一切意見を聞く事は無くなってしまうのだ。
「私がこてつの身に不安のあるような事をさせる訳がないだろう?」
鉄之助も必死に食い下がる。
「いいえ。あなたのお仕事そのものが危険な事なんですから、そのお仕事にこてつを巻き込むなんて絶対に反対です。もしもこてつが怪我でもしたら……ああ、私は生きていけないわ」
……その危険な仕事を毎日している私はどうなるんだ? と、言うより、私とこてつと我が家の立場はどっちが上なんだ? いやいや、お由美はこてつの事となるといささか頭に血がのぼる。ここは冷静に話さなければ。
「別にこてつに何かしてもらう訳ではないんだ。こてつには泥棒に狙われそうな屋敷の庭を、いつものように駆け回ってもらうだけでいい。それを私が追いかけて、庭先の様子を探るだけなんだ」
「とんでもないわ! そんな事をしてあなたがこてつを捕まえられなくなったら、こてつはそこから出られなくなるかもしれないじゃないの。何かあった時にも、あなたは逃げられても、小さなこてつじゃ刃向いようがないし、きっと棒でたたかれてしまうわ。可哀想なこてつ……」
お由美はこてつが使用人に棒でたたかれるところを想像して、すでに目に涙を浮かべていた。
「たたかれると決まった訳ではないし、私は必ずこてつを連れ帰る。これだけいっても分からんのか?」
冷静に、と思ってはいたが、こうもこてつ寄りに物事を考えている由美を見ていると苛立って来てしまう。
「分かりません! あなたはたたかれてもあざが出来るくらいでしょうけど、こてつなら死んでしまうわ!」
「ちょっと待て、私ならたたかれてもいいというのか!」
「小さなこてつがたたかれるより、ずっとましです! そんなに言うなら私がこてつについて行きます!」
「お前、一家の主人と、こてつと、どっちが大事なんだ!」
「話をそらさないで! この件に関しては、こてつの方が、ずうっと、大事、です!」
バチバチと視線の火花が散って、横で駆け付けたおタエがおろおろしている。睨みあった二人はぴくりともしない。
「ようし。そんなに言うならお前がこてつを連れて行け。ただし、何が何でも泥棒が入りこみそうな所を探り出す条件付きだ。お前も私の仕事がどんなに大変か少しは身をもって知ればいいんだ。後は勝手にしろ!」
「えーえ。勝手にさせて頂きます。だいたいこてつは私の方が言う事を聞くんです。私だったら身を呈してでもこてつの身を守りますから。戸締りのコツだって、私の方がよほど詳しいんですからね!」
売り言葉に買い言葉。話しがどうそれてしまったのか、何故かこてつとお由美が少々怪しげな態度を取り続けている武家屋敷に様子をうかがいに行く事になってしまった。
なあに。仮にも相手も武士の屋敷だ。女相手にそう、手荒な真似もしないだろう。第一お由美もこてつの事になるとムキになり過ぎる。
お由美にも、自分の仕事の緊張感の欠片でも体感出来れば一家の主の大変さも多少は分かるというもの。
妻の教育にもいい機会かもしれない。鉄之助は半ばやけでそんな事を考えていた。