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押し込みが入った後は、武家屋敷が狙われる。別にお香のいう事を真に受ける訳ではないが、そう言う事が続いているのは事実な訳で、それは当然奉行所も気にしている。そんな訳で鉄之助は岡っ引き達にあらためて武家屋敷の周辺を徹底的に見回るように言いつけていた。
しかしこれが意外に上手くいかない。肝心の屋敷の主が拒んでくることが少なくないのだ。
勿論屋敷の主にも面子がある。断るほとんどの理由はそこだろう。しかしこれは街をにぎわす泥棒のかかわること。盗まれてしまってはもっと面子が立たないはずだが、相手が女と侮るのか、なかなか承諾を得るのが難しい。
しかも中には極端な秘密主義を貫くところもあって、何か後ろ暗い事でもあるのだろうかと勘繰りたくなるのだが、一同心の身ではそこはどうにもならない。また、そんな屋敷に限って狙われている。
そういう屋敷ほど大きく立派で中が伺い知れない。それなのに女泥棒は内部の見当をつけて忍びこんでいるようなのだ。これでは相手に一歩遅れている。鉄之助は歯がみした。
「江戸中の屋敷の内部にありがちな図面を誰かに書かせろ。忍びこまれそうな要所もだ。ええい! 誰か屋敷の内部に詳しい物はおらんのか」
岡っ引き達は下を向いて答えようとはしない。そんなこと分かるものならとっくにやっている。
「出入りの商人たちなら、途中までなら様子を知っておりますが、金でもつかまされているのか口を固く閉ざして何とも……」
「犬を使ったらどうでしょう?」
いきなり戸口が開いて威勢のいい、娘の声が聞こえてくる。誰だ?
「すいません。これはちょっと預かっている娘で……」
カズキがお香の口をふさぐ
「いや、犬を使うとはどういうことだ?」
鉄之助は続きを促した。
「押し込み強盗の手口だと思うんですけど、犬を中に潜り込ませて、それを誰かが追って行って、中の様子を探らせるんです。ひょっとしたら子供に餌を与えられていたのかもしれません。そのくらい、犬が庭先に入って行っても人は咎めたりしないんでしょう。かえって戸を開けたりしてそこを狙われたのかもしれません。強盗たちは口封じに犬や子供を殺してしまったけれど、その手口の一部を真似て、犬を追いかけるふりをして庭先くらいまでの様子をうかがう事が出ければ、忍びこまれそうなところも分かるんじゃないですか?」
「我々に、押し込み強盗の真似をしろと言うのか?」
「だって、他に手立てがなければしょうがないんじゃありません?」
確かにそれはそうかもしれない。しかし、よりにもよって今、躍起になって捕まえようとしている強盗と同じ手口を使わなくてはならないとは……。これほど腹立たしい事があるだろうか? だが、今の調子では屋敷の主たちが自分達に協力的な態度を取るようになるとは思えない。このままでは女泥棒にしてやられっぱなしで、我々の面子は潰れていく一方だ。
ええい。こうなったら神にも犬にもすがってやる!
鉄之助はギリギリと歯を鳴らした後に
「分かった犬を使って探りを入れよう」
と言い出した。
その頭の中には自分の愛犬の姿が思い描かれていた。