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お御子はとある町の道場に顔を出した。この道場は少し変わっていて、武家の若者や子供たちばかりではなく、町人の子供や、女たちにも剣術や護身術を教えている。町人たちに教えているのは当主の娘、お富士というなかなかの美人であった。
父親が兄に稽古をつけるついでにお富士にも剣術を教えていたところ、よほど性にあったのか、兄にも負けないくらいに上達してしまった。その腕を生かせないのはもったいないと、父親がお富士に子供たちの稽古を見るように言ったのだが、お富士はそれだけでは飽き足らず
「近頃は世の中も物騒ですから、刀を持てない町人や、女の人達も身を守るすべを知っておくべきです。私にそういう人たちに護身術を教えさせて下さい」
と言って、護身術の稽古を始めてしまった。
美人剣士による護身術道場という物珍しさも手伝って、道場はたちまち大盛況。覗きに来る男の姿も引きも切らさず、父も兄も黙認してしまうほどとなり、今では護身術の方が有名な道場となってしまっている。
「お富士さん。稽古が終わったらお寺にお参りに行って、門前の茶店に寄らない?ちょっと相談事があるの」
そう言ってお御子は目くばせをして見せた。
「ええ、分かったわ。稽古の後ね」
そう言ってお富士もうなずいた。
「さあ皆さん。稽古を始めます。まずはこの間教えた竹刀のよけ方をおさらいしましょう……」
およそ一刻後、稽古を終えたお御子とお富士は連れだってお寺にお参りに来ていた。そのまま門前の茶店で一服すると、隣に夜鷹姿の女が座る。女がこっそりと
「裏で」
とつぶやくと、二人は小銭を払って席を立つ。次いで夜鷹も勘定を払って人気のない寺の裏へと向かった。
「どうした? 何かあったの?」
夜鷹姿のお礼が聞いてくる。
「何だか良さんがこっちが複数だって気が付いたみたいなの。昨夜、追っていた女が途中で入れ替わったんじゃないかって勘ぐってるのよ」
お御子が今朝の夫の様子を説明する。
「あんたの態度で勘づかれたんじゃないの? まったく! よりにもよってなんで岡っ引きなんかに惚れたのよ。やりにくくってしょうがないじゃない」
お礼はお御子に口を尖らせてみせた。
「そんなことないわよ。だいたい、私はバレたら良さんといられなくなるんだから、死んだってそんなドジはしないわよ。あんたこそ、もう少し暗い所を慎重に逃げるとかできないの?」
「まあ、まあ。背格好はごまかしようがないんだから仕方がないわ。あんまり暗すぎると逃げる方だって危険だし、いざとなったら町民の家に転がり込む事も出来るんだし。今や、街中の貧乏人が私達の味方なのよ。そんなに心配しなくても大丈夫よ」
お富士が二人をとりなした。
「それにお御子がこうやって岡っ引きや同心の情報をもたらしてくれるんだから、やりにくいとは言えないわ。むしろ役立ってる。お御子だって必死なんだから責めるのはおよしなさいな。それよりも、東の方にある、例の武家屋敷ね。何だか怪しいわ。急に羽振りが良くなってる」
「羽振りが? いつから?」
お礼が新しい情報の方に喰いついた。
「三日前から。五日前に押し込みがあって、それからすぐに金の動きがあわただしくなってる。盗賊から金を受け取った可能性は高いんじゃない?」
三人は盗賊から金を巻き上げていそうな屋敷から金を盗み、盗賊にかかわる情報を探っていた。
「やるの?」お御子がお富士の指示を仰ぐ。最終的な決定権はお富士に任せてある。
「そうね。でも、もう少し屋敷の情報を集めたいわ。あと二日時間を頂戴。三日後にもう一度会って、その夜には決行よ」
お富士は段取りを決めた。後の二人もうなずいて承諾する。
そして夜鷹姿のお礼がまず、姿を消すと、続いてお御子とお富士も人ごみの方へとまぎれていく。