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さて、カズキもお香と一緒に子犬の引き取り手を探していたが
「親分、ボーとしてないで身を入れて下さいよ」
と、お香にたしなめられている。
「どうせまた、あの女泥棒のこと、思い出してたんでしょ?」
「いや、決してそんな事は……」
「うそうそ、すっかり赤くなって、顔に書いてありますよ。でもカッコ良かったなあ。あの逃げっぷり」
「泥棒に感心してどうするんだ」
カズキは憮然とするが
「そうだ! 親分。私すっぱりとスリから足を洗います。二度と懐を狙ったりしません」
「おお、それはいい決心だ。やっぱり人間はまっとうに生きるのが一番だ」
と、カズキは素直に喜んだが
「スリなんてチャチです! これからは泥棒だわ! ああ、あんなカッコイイ女泥棒になろうかな?」と、お香に言われてがっかりしてしまった。
「バカな事を言うんじゃない。そんなことしたら、俺がお前をすぐにしょっ引いてやるぞ」
「それはそうか。じゃあしょうがない、やっぱり親分の子分のままでいいか。そうすれば、あのカッコイイ女泥棒をずっと追いかけていられるもんね。親分、これからもずっと女泥棒を追いかけていきましょうね」
「おいおい、それじゃ俺はずっと泥棒を捕まえられない事になるじゃないか。俺は必ずあの女を捕まえて見せるからな」
「その意気です! 男なら、惚れた女は自分で捕まえなくっちゃ! 親分が捕まえたら、私、女泥棒の子分になろうかなー……」
「だからそれは、ダメだと言っているだろう」
のぼせた二人は、いつまでもバカな言いあいを続けるようである。
いつもの打合せ場所の寺の裏で、お富士、お礼、お御子の三人は顔を合わせていた。
「これでお富士は無事に仇が討てたわけよね。目標達成した事だし、これからどうするの?」
お御子がお富士に聞いてきた。
「そう言うお御子はどうするの?親の仇はうち首になったんでしょう?」
逆にお富士が聞き返してきた。
「それはそうなんだけど……。今度の件でも、全部の悪党が捕まった訳じゃ無い。あの屋敷にいなかった雇われ者は、きっとまた同じような事をして、誰かを泣かせる事になるんだわ。そう思うとじっとしていられない。……良さんに追いかけられるのも、そう、悪い気分じゃないしね」
「それが岡っ引きの妻が言う台詞なの?」
と、お富士はあきれたが
「そうね。私もお御子の気持ちが解るかも。……追っかけられるって、悪い気分じゃないわ」
という、お礼の台詞に二人は「え?」と、振り向いた。お礼は一人ニヤニヤしている。
あの岡っ引き、なかなかいい男だったわ。ああいう男に追いかけられ続けるのも、女冥利に尽きるかもね。ああ、なんだか楽しくなってきた。
「わたし、泥棒稼業がやめられそうにないわ。悪い連中の鼻を明かして、やり込めてやった上に、お役人達に私を追いかけさせて、煙に巻いてやるとスッとするわ。お御子、男に追いかけさせるって、楽しいわねえ。あんたの気持がよく解ったわ。一緒に続けましょ。女泥棒」
お礼はご機嫌な顔で言う。鼻歌でも歌いだしそうだ。
「……お礼、どうかしたの?」
お富士がお御子に聞いた。
「……さあ? 何かあたったのかしらねえ?」
お御子も首をひねる。
「何でもない、何でもない。私達は続けるわよ。お富士、どうする?」
そう、お礼は聞いてきたが
「あんた達がこんな危なっかしい事言っていたら、とっても足なんて洗えないわよ。こうなったら行けるところまで行ってみましょ。三人とも一蓮托生よ」
「そんな事言って、お富士だって面白くなっちゃったんでしょ?泥棒稼業」
お礼はくすくすと笑いだした。
するとお富士とお御子もつられて笑いだした。
ああ、本当に泥棒稼業ってたまらなく面白い。この三人が一緒ならなおの事だわ。
どうやら江戸の街から女泥棒の姿が消えるのは、まだ、しばらく先のようだ。
街はもうすぐ、明るい正月を迎えようとしていた。