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お美羽、いや、美羽姫はためらっていた。
「事情は分かったわよ。でも、急にお見合いだって言われても……」
「説明する時間が無くなってしまったのは悪かった。だが、これは姫の幸せのためでもあるし、お家のためでもあるのだ。どうか承知してほしい」
沖も必死で姫を説得するが、姫の顔色は良くはならない。
「だって私、お家の事も、お城の中の事さえも、まだ全然よくわかんないんだよ? それなのにお家のために結婚してくれって言われたって、困るよ。どうしても嫌な人だったら、どうすればいいの?」
「どうすればと言われましても、これは家同士の御縁談ですので……」
倉田も困った声を出している。
「だから、その家の事が良くわかんないんだってば! どうしても嫌な相手だったら、私、また、家出するからね」
こんなことなら、元の百姓暮らしでもよかったな。美羽姫は真底後悔していた。
「分かった。姫がどうしてもという時は、私が姫を逃がしてあげよう。実は娘ではなかったと言ってもいい」
沖は姫に手をこすらんばかりの頼み方をした。倉田は横で目を丸くして複雑な表情を見せる。
「そんなこと、勝手に約束されては困ります。これは沖家の命運がかかっているのですから」
「姫の幸せを守れない私なら、家を守るのも難しい事だろう。大丈夫だよ姫。私が姫を不幸にはさせないから」
「じゃあ、会うだけ会ってみるわ。我慢できるような人ならいいんだけど」
美羽姫はしぶしぶ承諾した。
婿養子を迎えると言っても、沖家は後ろ盾をアテにしている身。沖も倉田も、他の者たちも、平身低頭に頭を下げている様子。これじゃ、ホントに気に入らなくても断るなんてしてもらえそうもないなあ。やっぱり悪いけど、また、家出を決行するしかないかしら? 美羽姫はそんな事を考えながら、見合いの相手に頭を下げていた。
「辰ノ進様。こちらが美羽姫で御座います」
そう、紹介されて顔をあげて驚いた。先日浅草で話をした、あの侍だ。
「あれ? あのお侍さん?」
「おまえ、あの時の娘か?」
二人が同時に声をあげる。
「妙な娘だとは思ったが……。それでなんの噂も聞こえてこなかったんだな? まるで姫らしくないからな」
「なあに? 私が相手だと嫌みたいね。そんなに私じゃ気に入らないの?」
「いいや。ただ、意外だっただけさ。お前こそ私が相手では気に入らないのか?」
「そんなことないわよ。前も言ったじゃない。童顔の人は……タイプなの。あんたは?」
「私だって、変に片っ苦しい、口やかましい事を言うような姫よりは、気さくそうなお前の方がずっといい」
「遠回しないい方ね。私って、可愛くないの?」
「いや、可愛い方だと思う。ただ、私は気の合う人の方が好きなんだ。とりすました姫は苦手なんだよ」
「じゃ、良かった。お互い好みが合って」
二人はそのまま笑い出した。周りは呆然とするばかり。
「ああ、やっぱりあんたは、笑った顔の方が可愛いよ」
「お前もな」
二人のご機嫌な様子を見て、沖は嬉しそうにうなずいた。
そして、倉田と他の家臣たちは、真底ホッとした表情を浮かべたのだった。
「大丈夫? 少しは腫れも引いてきたのかしら?」
お御子は良平の頭のコブをなでながら言った。医者からもらった薬草をすりつぶしたものをコブにそっと塗って、包帯を巻いてやっている。
まったく、お礼ったら、人の亭主だと思って、遠慮も何もないんだから! やり過ぎて私の事まで忘れちゃったっら、どうしてくれるつもりだったんだか。
「ああ、大丈夫。痛みもだいぶ取れたし。それより、子犬の引き取り手を早く探さないと。下手をすれば何匹か、うちで預かる羽目にもなりかねないや」
「一匹や二匹ならうちで引き取ってもいいけど……」
「なんとか、そのくらいに収まるように、他の引き取り先を探さなきゃ。うちは鉄之助さんの屋敷のような庭はないんだから」
「あんまり無理はしないでね。カズキさん達だっているんだし。ハルも痛みを押して探しているし。私も護身術の稽古仲間に聞いて回っているから」
もとはと言えば自分のせいでもあるので、お御子は罪悪感を覚えながら良平になるべく優しく声をかけている。
「仕事の怪我でこれだけ心配してくれるんだな。お御子はやっぱり優しいや」
良平は何も知らずに、お御子のかいがいしさに感激している。
「え? ええ、それはもちろんよ……」
お御子は満面の笑みを作って、良平に答えていた。