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 翌朝、鉄之助はお由美に謝っていた。


「結果的に、私はお前とこてつを危ない目にあわせてしまったな。いや、本当に生きた心地がしなかった。すまなかった」


「いいえ。おかげで美羽姫も助かったのだし、あの子犬達も命が救われたんですもの。私達の事なんて些細な事ですわ。でも、利用されて殺されてしまった子犬は可哀想だったわ。なんの罪もなかったのに」


「殺された店の人間も気の毒だったが、幼い犬達も可哀想な事だったな」

 鉄之助も悲しげだ。


「親犬から引き離された末の事でしょうから……」

 お由美は子犬達に思いをはせてしまう。


「死んだ子犬を気にしているのなら、お前も付いてきなさい」


 そう言って鉄之助はお由美をとある寺に連れて来た。自分達も檀家になっている寺だ。


 寺の片隅には小さな真新しい塚が作られていた。いっぱいの花が手向けられている。


「これは?」


「今度の一件で犠牲になった子犬達の塚だ。人はすぐに弔われて墓に入れてもらえるが、犬まではなかなか……。それで住職に頼んで良平達にここに作らせてもらった。こんなことしかできないが、せめて祈ってやろう。今度生まれ変わってくるときには、犬でも、人でもいいから、他の生き物を無用にあやめる事も、あやめられる事もない、穏やかな一生を送れる様に」

 そう言って鉄之助は塚石をそっとなでた。


「そうですね。きっとそう、なれますよね」

 そう言ってお由美も手を合わせる。


「私達の祈りが、御仏に届くといいがな」

 そういいながら、鉄之助も妻の横で手を合わせた。


 寺には静かで平和な時間が流れ、子犬達の魂も穏やかでいられそうに思えた。



 その日の午後、おタエは勇治、お良とともに、鉄之助とお由美に向かって深々と頭を下げていた。


「本当にこのたびは、私たちのせいで奥方様に怖い思いをさせてしまって申し訳ありませんでした」

 おタエは謝った。


「今度の事はお前達には咎はないのだ。頭をあげてくれ」

 鉄之助は慌てて言った。


「いいえ。私たちが姫君様をきちんとお守りしていればこんなことには……」

 勇治が一層頭を下げる。


「いや、おかげで強盗たちも捕まえられたし、その事はいいのだが、むしろ私はお前達に頼まなくてはならない事があるのだ」


「いえ、いいはずはありません。鉄之助様のお心の広さはありがたいとは思いますが」

 おタエはさらに恐縮している。


「恐縮してもらっている場合ではないのだ。本当に頼みたい事があるのだから」


「何なりとお引き受けします。それでお詫びになるのなら」

 お良もさらに頭を下げてしまう。


「とにかくこれを見てくれ」


 鉄之助は三人に頭をあげさせる事はあきらめて、ため息交じりに庭に面した障子を開け放った。


 それを見て親子三人は目を丸くしてしまった。何事だ?これは?


 庭にはこてつを筆頭に、沢山の子犬達が縦横無尽に駆けずり回り、思いっきり庭を荒らしていた。まだ怖い物知らずな子犬たちなので、あちこち庭を掘り返したり、池に入ろうとしたり、こてつにさえも吠えかかる子犬もいた。


 さすがにこれには三人も顔をあげてあっけにとられたようだった。


「御覧の通りだ。この子犬達は親から引き離されて何処にも行くあてがない。それに、これだけの子犬をいきなり街に放つ訳にも行くまい。やむなくここで預かっているのだが、このありさまでは……。頼む、しばらくこの子たちの世話を見ながら、新しい預かり先を探してくれ。このままでは庭が崩壊してしまいそうだ」


 そう言っている先から、鉄之助も、置き石を伝って座敷に上がり込もうとする子犬を押しとどめたり、叱ったり、庭を掘り返す子をつまみあげたりその手が忙しく動いている。お由美も、こてつに突っかかっている子を何とかこてつから引き離そうと悪戦苦闘していた。こてつも怖い物知らずな相手に「これはたまらない」とばかりに逃げ回っている。


「良平や、カズキ達にも頼んではいるのだが、数が多すぎて追いつかないのだ。こいつら、腹も空かせているようだ。お由美と一緒に用意してくれ」

 鉄之助が子犬を追いかけながら言うと


「おタエさん、お良さん、早く手伝って。この子たちのご飯がすまないと、私達の食事の支度もできないの」


 と、お由美も二人を台所へと急がせる。勇治も立派な松の木にかじりついている子犬を必死に引きはがしにかかった。


 これじゃ、本当に早く引き取り手を探さないと、ここのお庭は崩壊してもおかしくないわ。 いや、食費だけでもどうなることだろう?子犬達のために、この家は破産してしまうのではないか?


 おタエは大量の子犬の食事の支度をしながら、これは十分に大変なお詫びの作業になりそうだと腹をくくった。


 庭の騒ぎを耳にしながら、女三人は必死で子犬の食事の支度に精を出し、何かの拍子で噛まれてでもいるのか、庭からは時折、鉄之助や勇治の悲鳴が上がったりしていた。


 その声は数日間、屋敷の外にも響き渡り、鉄之助の屋敷は近所から有名な「犬屋敷」と、しばらく噂にされてしまう事となった。



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