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 その頃、お御子は戸の開け放たれた土蔵の中にこっそりと潜んでいた。暴れまわていた子犬達も出て行き、大谷や手下達も良平や役人達に捕まったらしく、辺りはようやく騒ぎが落ち着いて静けさを取り戻し始めていた。


 さて、無事にここに潜り込む事も出来たし、外も人の気配が無くなったみたい。今のうちにお宝をいただいてしまおうっと。


 お御子は千両箱を担ぎあげると、戸口からそっと外の様子をうかがった。


 しめしめ、今のうちね。さっきの騒ぎの隙を見て、屋敷の屋根には梯子を立てかけておいたから、それを使ってさっさと失礼させてもらうわよ。


 お御子はなるべく足音をたてないように注意しながら蔵の裏側に回った。しかし……


「今度こそ逃がさないぞ。おとなしくお縄をちょうだいしろ!」


 そこにはよりにもよって良平が待ち構えていた。その後ろで用意しておいた梯子をハルが抱えている。


「やっぱり女泥棒は二人いたんだな。俺の勘は正しかった訳だ。さあ観念しろ」


 観念しろ、って言われたって、観念できないわよ! 良さんに正体がバレちゃうじゃないの!


 お御子は慌てて裏口に向かって逃げ出した。表の門には役人がいっぱいいるはずだわ。裏口にもいるかもしれないけど、良さんに捕まるよりはまだマシ。屋根の上ならお礼が待ち構えていてくれたはずだけど、今は自分で逃げるしかない。もう! 良さんに追いかけられるなんて、大失敗もいいとこだわ!


 まともに走ったんじゃ追いつかれる。お御子は地面を軽くけり上げて砂埃を立たせる。良平とハルが思わずせき込む。


 その隙にお御子は必死に走る。しかし重い千両箱を抱えているせいか、足には自信のあるお御子も息が切れて来た。良平達はどんどん迫ってくる。まずい。このままじゃ追いつかれる。お宝を置いて逃げるしかないか。


 だがお御子はギリギリまでお宝を手放す気はない。年の瀬の事、この小判で救われる貧乏人は相当多いはず。人の命を平気で奪う奴等が卑怯な手で稼いだ金を、このまま無駄にするなんてしたくない。


 良平の手が伸びる先から必死でかわす。幾度も幾度も、角を曲がったり、進行方向を変えたりして二人を混乱させようとした。


 それでもついには足に来た。身体がぐっと重く感じる。良平の手がすぐそこに伸びて来る。

もうダメ。お宝は手放すしかない。


 そう思った時、後ろで「ボコ! ボコ!」と、鈍い音がして、良平とハルが次々と倒れた。


「ふう。間に合ったわね」


 そこには太い棒を抱えたお礼が立って、良平達を見降ろしていた。お御子は慌てて気を失った良平に駆け寄る。


「お礼! なんてことするのよ。乱暴ね! ああ、可哀想に良さん。ひどいコブが出来てるわ」


 そう言ってお御子は良平の頭をそっとなでる。隣にはハルも同じ目に会っているのだが。


「しかたがないじゃない。正体がバレるよりはいいでしょ? 来るのが遅れたのがかえってよかったわ。さあ、予定通りにあんたはお役人達を引きつけて撒いて頂戴。私はお宝を持って逃げるから」


 そう言ってお礼はお御子から千両箱を受け取ると、ハルが抱えていた梯子を使って、屋根の上へと上がって行った。


「ごめんね。良さん」


 お御子は名残惜しげにそう言うと、お礼に続いて梯子をのぼり、軽やかな足取りで屋根の上をかけ出していく。


 ガチャガチャと鳴る瓦の音にカズキやお香、役人達も気が付いて「女泥棒が逃げる! 追え! 追え―!」と、叫びながら追いかけていく。そしてお礼はなるべく音をたてないように、屋根から屋根へと闇の中に消えていった。


「女泥棒、無事だったんですね」

 お香はニッと笑い、カズキは決まり悪そうな、しかしホッとしたような顔をする。


 呼子の音と、追手達の声が交錯する中、貧乏長屋の一角では


「小判だ! 女泥棒様からの贈り物だ―!」

 と、あちこちから歓声が上がり続けていた。


 お礼はそれを見届けると、もとの夜鷹の姿に戻り、街の闇の中をそっと消えて行った。





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