20
カズキとお香に伴われて、ようやくお由美とお美羽は屋敷の外に出る事が出来た。後は隣の沖家の屋敷に逃げ込めば、追われる事はないだろう。そう思って四人は沖家の方に向かおうとしたが、とうとう役人の手を逃れて来た田中に追いつかれてしまった。
「今戻られては困りますな。姫」
そう言ってお美羽につかみかかろうとする田中に、お香が立ちふさがった。そのお香に田中は刀で斬りかかろうとする。それを今度はカズキが止めに入るが、その隙を突いて田中はそばにいたお由美を捕まえてしまった。
騒ぎに気が付いたのか、誰かが知らせたのか、沖家の屋敷からも人が出てきて、沖や倉田も姿を現した。続いてようやく追いついた鉄之助も現れたが、お由美が人質になっている姿を見て動きが止まる。
「田中。もう観念して、その人を離すんだ」
沖はそう言ったが、お由美を人質に取られているので誰も動くことはできない。
ところがそれを意に介さない相手がいた。こてつだ。鉄之助を追って、子犬達を引き連れたこてつが、田中に向かってあっという間に突進してくる。そして田中の足元にガブリとかみついた。
「ぎゃあ」
と、田中は悲鳴を上げたが、それがまるで合図になったかのように、他の子犬達も田中の足にかみついてくる。鉄之助はお由美を田中から引き離し、お美羽は沖や倉田の元へと駆けこんだ。
すると倉田が田中に近付くと
「よくも、姫に無礼を働いたな!」
そう叫んで、あっという間に田中を背負い投げにした。田中は背中を強く打って伸びてしまう。
「どうだ! 老いたとはいえ、私の腕はまだ衰えてはいない!」
倉田は自慢げに胸を張ったが……
「うっ!」
と、声をあげて腰を押さえながらその場にしゃがみ込んでしまう。
「じい、大丈夫?」
「倉田、大丈夫か?」
お美羽と沖が同時に倉田に駆けつける。二人掛かりで倉田に肩を貸してやると
「そんな、殿と姫様に助けていただくなんて、恐れ多い……いたたたた」
と、倉田が恐縮した。
「何を言っている。お前は昔からこういう時に無茶な事をするのだな」
沖はたしなめた。
「じいって、昔からこんなだったの?」
お美羽が聞いた。
「ああ、木に登った私を下ろそうとして、自分がその木から落ちてしまって大騒ぎした事もあった。城に勤めていたお前の母上をかばうあまり、池に落ちた事もあったな」
「じいは優しいから……。ねえ、あなたは私の父上なんでしょ? おっかさんの若い時の話、聞かせてくれる?」
「まずは倉田を屋敷に運ぼう。姫の母上は優しい人だった。だから黙って姿を消したのだ。ゆっくり話を聞かせよう」
そう言って、二人は鉄之助達に頭を下げると、屋敷の中に入って行った。
「お由美、怪我はないか?」
鉄之助が聞いた。
「ええ、大丈夫よ。あの姫君も、無事で本当に良かったわ。……あら?」
見るとお由美の足元で、こてつが「く~ん、く~ん」と鳴き声をあげている。
「そうね、こてつ。お前も頑張ってくれたのよね。ありがとう。助けてくれて」
そう言ってお由美がこてつの頭をなでると、こてつもようやく満足したのか、誇らしげな笑顔になった。