19
関口に向かって駆けていったお礼だったが、関口がお礼に気が付いたのを見て取ると、すぐに屋敷の建物の角をまがった。関口も追いかけて来る。さらに庭の植え込みの陰に潜ると
「お富士、あいつよ。あんたの仇は」
そう言ってお富士と入れ替わる。お富士は息をのんで頷いた。
「気をつけてね!」
そう、お礼に声をかけられながらお富士は関口の前へと出ていった。
「姫たちは何処だ?」
関口はお富士に聞いた。
「とっくに逃がしたわ。あんたね? 私のいいなずけを斬ったのは」
「いいなずけ? どいつの事だか分からんな。あまりにも多く人を斬り過ぎてるんでね」
「思い出す必要なんてないわよ。今、私が仇を討つんだから」
そう言ってお富士は刀を構えた。
同じ姿をしてはいるがさっきの女とは違うな。入れ代ったのだろう。これはそれなりに腕の立つ構えだ。素人女ではなさそうだ。さすがに関口もお富士の構えを見て気が付いた。あらためて構えなおす。
すると、周りの空気が一変した。明らかに緊張感が増す。この女、勘は悪くなさそうだ。眼光も鋭い。
一気に居合抜きでケリをつけようとしても、かわされそうな空気感がある。ただ斬りに行っても読まれるだろう。
まずは女の出方次第。様子見だな。
やはり、女の方が先に斬りかかってきた。仇討ちなんて討とうとする側の方が、気がはやるもんだ。この女は正統派か。それなら俺の方に分がある。関口はニッと笑った。
「ここは道場じゃないぜ、お穣さん」
関口は足元の石を蹴りあげた。石はお富士の手元に飛んで、お富士はとっさに石をよけてしまう。
その隙に関口は横から斬りかかってきた。お富士はかろうじて関口の刃を受け止めた。
ほう。やっぱり、この女、勘も、動きもいいな。今のを良く受け止めたものだ。しかし、守るだけでは持たないぜ。
「御用だ! 御用だ!」
突然役人達の声が上がって近づく気配がした。ああ、面倒なことだ。
この女、斬り殺さずに役人の足止めに使った方がよさそうだ。手を斬ろうか? 足にしようか?
関口はそんな考えを一瞬、巡らせていた。その時、突然、同じ姿の女が関口の後ろに現れた。思わずその女に斬りかかったその時、関口はお富士に刺されていた。
「ええ、ここは道場じゃない。あんたの墓場よ」
関口はどさりと倒れた。
「お御子の所に向かったんじゃなかったの?」
ふうっと息を突くと、お富士がお礼に言った。
「お御子は大丈夫よ。あんたの方が心配だった。良かったじゃない、仇が討てて」
「無茶な事するんだから」
そういいながらもお富士は笑っていた。
「さ、追手は引き受けるから、お御子をお願いね」
お富士がそう言うと、お礼は闇の中へと消えていく。
「いたぞ! あそこだ!」
役人達がどやどやと駆けつけて来る。
さて、私もこいつらを撒いてしまわないとね。お富士は屋敷の窓に手足をかけると、軽やかに飛びあがり、屋根に飛び移った。そのまま屋根伝いに闇の中を駆け抜けていく。
追手達は上を見上げながら追いかけていたが、突然屋根から何かが降ってきた。
「は、灰だ! あの女、灰をまき散らしたんだ!」
ゲホゲホとせき込みながら、役人達はお富士の姿を見失った。