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そういうことか。だから美羽姫が簡単に屋敷を抜け出す事が出来たんだわ。きっと姫に何か隙が出来るのを、田中という男が狙っていたに違いない。
お御子は土蔵の屋根の上から、こっそり大谷達の話を聞いていた。人間、身の回りや低いところには神経がいくものだが、意外に頭の上までは気が回りにくいものである。
それにしてもどうしよう? 肝心の人質とお宝は土蔵の中にあるらしい。あの、関口という男と、庭先を見張っている大勢の男達を何とかしないと、土蔵には近づけない。
それにあの関口という男、お富士は知らなかっただろうが、以前、お富士のいいなずけを斬り殺した男に間違いない。きっとお富士は仇を討ちたいはずだ。
でも、関口はお富士がいいなずけにするほどの腕の持ち主を斬るほどの男だ。お富士一人では危険なんじゃないだろうか? しかもあの大谷という男、土蔵の鍵を懐に入れてしまっていた。あれだけ見張りが多く、関口までいるのではゆっくり鍵を開けたり、壊したりしている余裕はなさそうだ。
もっと人手が欲しい。いっそ、お役人達に踏みこませようか? こっちも危険になるが、人の命がかかっているし。
お御子は決断した。蔵の裏手の鉄格子の付いた小さな高窓から中の二人に低く声をかける。
「美羽姫、お由美さん、聞こえる?」
お御子の声に気付いた二人は、窓の方に振り向いた。お御子は小さな刃物を窓から投げ落とした。
「それで縄を切って。あなた達がここにとらわれている証拠になるものを、私に渡して頂戴。お役人に知らせるから」
言われて二人は急いで互いの縄を切りあった。お美羽は荷物をよじ登って高窓に近づくと、お守り袋を出して
「これ、じいに肌身離さず持っているように言われたの」
と言って御子に渡した。
「分かった。それから、その辺に、ここの蔵の物だと分かるものはないかしら?」
お美羽は周りの箱を開いて見ると、小さな家紋入りの杯を見つけた。
「これで十分に証拠になるわ。おとなしく待っていて。必ず助けを呼んで来るから」
お御子は杯を受けとった。
「ありがとう。静かにして待っているわ」
お美羽もそう、返事を返した。
お御子はそっと屋根の上に戻ると、暗闇の中に姿を消していった。
屋敷の外では良平達と交代した、カズキとお香が屋敷を見張っていた。結局鉄之助が何を言っても屋敷側はナシのつぶてで、役人達はイライラしているばかりだったのだ。
「お由美様達、ご無事だといいんだけど」
お香が心配そうに言う。
「動きがないって事はきっと無事ということだろう。せめて、中の様子が知りたいが……いてっ!」
頭に何かがぶつかって、カズキは思わずそれを拾い上げた。
「だれだ? 人に物を投げつけやがって……なんだ、こりゃ?」
何かを包んだ紙を広げると、中から杯とお守り袋が出て来た。紙には何かが書いてある。
「なになに? この屋敷の蔵に、美羽姫とお由美さんがいます。これは証拠の品です? おい、こりゃ大変だ! 早く知らせに行かないと」
カズキとお香は、急いで番屋に知らせに走った。
それを近くの樹の上からお御子、お礼、お富士は確認すると、そのまま屋根の上に上がり、屋根伝いに屋敷の方へと身を消していった。