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すぐ隣にお美羽が倒れているのに気が付いて、身を起こそうとして、手足が縛られている事に気が付いた。
それでも何とか身体を起こすと
「お美羽さん、お美羽さん」
と、恐る恐るからだをゆすって声をかけてみる。無事かしら?
「ううん……」
そう、声を少し上げると、お美羽は目を開けた。どうやら無事のようだ。
「おばさん……ここは?」
ようやく頭がはっきりしたらしく、お美羽が尋ねて来た。
「どうやらどこかに閉じ込められてしまったみたい。暗くてよく分からないけど、子犬達の檻に近い場所のようよ」
すると、ギイッと、扉が開き、戸口に提灯を持った男が現れた。外ももう、暗くなっているらしい。
「ご明察だ。ここは屋敷の奥まったところだから、声をあげても無駄だぞ。いや、この娘が沖家の姫君とは運が良かった。これで縁談を潰せば、沖家の面目も潰れる。田中様のつけいる隙もあるだろう」
戸の外に立つ男が言った。
「縁談? 田中様?」
お美羽は城の中で聞いた名前を耳にした。
「田中様は沖家の重臣だが、昔から沖家にいい感情を持っていないのさ。先祖代々のし上がる機会を潰されてきたらしい。私にとってはどうでもいい事だが、おかげで私のする事は何でももみ消して下さるから助かる」
「あんた、何かたくらんでいるのね?」
お美羽は気強く問いかける。
「たくらむ? 人聞きの悪い。私はただの商売人だ。沖家の所有する山には先日金脈が見つかったばかりだ。姫に婿を迎えられて後ろ盾が出来ては手が出せないところだったが、資金繰りも、人足の数も苦しい今なら、沖家の金山はいいカモだ。強盗の小金を狙うよりよっぽど効率が良い。金山を安く買いたたくか、人足達を送りつけて、がっぽり利益を巻き上げるか……」
これを聞いてお由美もあせる。まずい。ここまで話を聞いてしまってから、自分が同心の妻であると知れたら、とても命があるとは思えない。自分に何かあれば美羽姫も守れないし、美羽姫も、姫君とは言え何をされるか分からないだろう。できる事なら何とか逃げ出して、檻の中の子犬達も助けてあげたい。今は黙っておとなしくするよりほかはなさそうだ。こてつはどうなったのだろう? 無事、夫の元に駆けつけてくれただろうか?
「それで、私達をどうするつもりです?」
お由美もようやく口を開いた。
「女二人の行方が知れなくなったところで、大したことにはならない。この姫はついこの間まで行方知れずだったのだしな。どこか地方に売り飛ばせば、それなりの金になるだろう。お前も命が惜しかったら、おとなしくしている事だ。……関口、お前は戸口でしっかり見張っていろ」
「分かりました。大谷様は?」
暗くて見えないが、大谷と呼ばれる男の後ろに、あの関口がいるらしい。
「私はこの女達の売り先を手配する。姫の身代金を取ったところで、あとの始末が厄介だ。女は売るに限る」
完全に物扱いね。この男から見れば、女も金山も同じ金ズルでしかないのだろう。ここまで金の亡者になりきる男も珍しい。
「だから女に傷はつけるなよ。ただし、逃げられそうになったら遠慮なく斬って捨てろ。バレては元も子もないからな」
大谷がそう、念を押すと、やはり土蔵だったのだろう。重い扉がギイッと閉じられ、ガチャガチャと鍵がかけられた。