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「おい、開けろ! ここを開けるんだ!」
良平が裏門の戸を叩いた。するとわずかに隙間があいて、男が顔だけ見せる。
「何の用だ?」
「今ここに、この犬の飼い主が入って行っただろう。そのご婦人に用がある。連れて来てくれ」
「そんな女はいない。その犬は野良犬だ。とっとと立ち去れ」
男はそう言って戸を閉めてしまった。それからはいくら戸を叩いても返事すらない。こてつの声も
「く~ん。く~ん」と、悲しげなものに変わっている。
「大変だ。おい、ハル。このことを急いで鉄之助さんに知らせてくれ。俺じゃ、どうにもならん」
「は、はい! が、ガッテンで!」
ハルは慌てて番屋へと走って行った。
お由美さんに何かあってはいけない。良平はその場で裏門をじっと見張っていた。
「お御子! いる?」
お富士の切迫した声に、お御子は慌てて戸を開けようとする。
「待って、良平、そこにいる?」
「いないわよ。なあに? まだ時間には早いのに。何かあったの?」
お御子がそう言って戸を開けると、何とお礼までいた。普段はできるだけお御子のそばには近づかないようにしているのに。
「大変なの。お富士が拾った腰元姿のお姫様が、犬を連れた女と一緒に、今夜忍びこむつもりだったあの屋敷に無理やり連れ込まれたの。いったいどうなってるのかしら?」
お御子は驚いた。行方不明の姫の話は良さんから聞いている。あの屋敷を怪しんで、こてつを使って鉄之助の奥方が潜り込んだ事も……。奥方はとらわれている子犬達を大層心配していたと聞いた。一緒に連れ込まれたのは、奥方に違いない。お御子は二人に事情を説明すると
「……いいじゃない。どうせ最初からあの屋敷には忍びこむつもりだったんだから。小判と一緒に、お姫様と奥方様も、一緒に盗んじゃえばいいのよ。子犬達も一緒にね」
と、自信ありげに言う。
「そんなこと、できるの?」
二人は同時に聞き返したが
「あら、私はあんた達よりも泥棒の経歴は長いのよ。武家屋敷の内部の事も私が一番よく知ってる。一人じゃ無理でもあんた達が協力してくれれば、きっと、大丈夫よ」
「協力しない訳にはいかないわね。もとはと言えば、私が拾った姫君なんだし」
お富士が言った。
「私だってあの娘は心配だわ。そんなに悪い娘じゃなかったしね」
お礼も同意した。
「じゃ、決まりね。今夜決行よ」
「女泥棒の腕の見せ所ね」
三人は頷き合って、お御子の家から去って行った。
お由美は寒さを感じて気が付いた。身体がしんと冷えてしまっている。固い床の上に寝ているようだ。
ごたごたとした物の多い所で、どうやら物置小屋らしい。それとも蔵か何かだろうか?暗くて周りの状況がつかみにくいところだった。子犬達の鳴き声が聞こえるので、あの檻から近いところなのだろう。