13
その頃お美羽の父親、沖はお美羽にじいと呼ばせている古い家臣の倉田に謝っていた。
「すまない。美羽姫の存在をどうしても認めない輩がまだ多くて、なかなか会いに行かれない。私はどうしても姫に婿を取らせて、沖家を再び盛り立たせたいのだが。美羽姫はどうしている? さぞや気をもんでいるだろうに」
「そ、それが……」
倉田は汗をふきふき下を向いた。
「も、申しわけございません。美羽姫が行方不明になりました!」
倉田は突っ伏して謝った。沖は絶句した。
一方、家に戻った鉄之助とお由美を、ごく若い男と娘と共におタエが待ち構えていた。
「ああ、良かった。お戻りになられたのですね。実は旦那さまにお願いがあるのです」
おタエはすがるように寄って来て言った。
「これは私の息子、勇治と娘のお良なのですが……」
おタエの話を勇治が引き取った。
「突然申し訳ありません。失礼を承知の上でのお願いがあるのです。実は私達の勤めている屋敷から、姫様がいなくなられて、今、屋敷中が大騒ぎなんです。姫様は大きな声では言えませんが、うちの殿様の御烙印で、まだ、正式には姫様として認められていないのです。姫様には皆様にご披露なさった後にお婿様を迎えていただいて、お幸せになっていただきたいというのがお殿様の御希望なのですが、今だ、反対する者も多くて……」
「そんな折に、突然、お姫様がお屋敷を抜け出されてどこかに身をかくしてしまわれたんです。こんな時ですからお姫様の身に何があるとも知れません。お姫様を見つけ出すのにお力を貸していただけないでしょうか?」
さらに話を引き取ったお良がそういい終えると、母子三人で深々と頭を下げる。
お姫様を探している? ついさっきも同じ話を聞いたばかりだ。少し年老いた侍が姫を見なかったかとお由美に聞いていた。その姫君の話なんじゃないか? 鉄之助とお由美は顔を見合わせた。
「あなた。あのお屋敷、絶対におかしいわ。それに、あの、お姫様も、もしかしたら行くところに困って、あのお屋敷にまた潜り込みに来るかもしれないわ。ねえ、あの屋敷の子犬達を助けてあげる事は出来ないかしら?」
子犬達に同情したお由美はそう、盛んに言って来るが、お由美に頼まれて潜り込んだ所へ、しかも、抜けだした屋敷の隣に、あの姫がまた戻ってくるとはとても思えない。
確かに怪しいそぶりの多い屋敷ではあるが、子犬を集めてはいけないという訳でもないし、お由美達に潜り込まれたおかげで、あの、生垣の隙間もふさがれたことでもあろう。自分には全く手だしのしようがないのが現実だ。
そこをお由美にも言って聞かせるが
「じゃあ、あの子犬達はどうなってしまうの?」
と聞き返されて、鉄之助は答えに窮した。
このままではあの子犬達の末路は間違いなく悲惨なものだ。おそらくは強盗たちに利用されて殺されるか、途中で見切りをつけられ、檻の中で飢え死にさせられるかのどちらかだろう。
「わかった。せめてあの屋敷を見張り続けてみよう。何か動きがつかめるかもしれない。あの姫君の行方も、人の多い所をできるだけ聞いて回ってみよう」
気休めに近いかもしれないが、あの屋敷が強盗たちとかかわりがあるのは間違いなさそうだ。尻尾を出すのを待つしかないのだろう。鉄之助は早速良平達に屋敷の周りの見張りを言いつけて、自分は姫君の足取りを探った。