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「お礼、いる?」
人目を忍ぶようにして、お富士は戸口から声をかけた。すぐに小屋の戸が開く。
一見すると川岸の使い捨てられたような古い物置小屋。意外に中は快適に整えられていて、そこがお礼のねぐらだった。急いでお富士とお美羽が中に入る。
「どうしたのよ。人に居場所が知れちゃ困るから、めったな事じゃここには来ないでって言ってあるでしょ?」
「そのめったなことなのよ。変な娘を拾っちゃって。この子に着る物を貸してやって」
お富士の後ろからお美羽が顔を出す。
「変じゃないわよ。私、お美羽。お世話になりまーす」
お美羽は勝手にずかずか小屋の奥へと入って行く。
お富士はお美羽に着替えをさせながら、お礼に事の成り行きを説明した。
「私の屋敷には父も兄もいるし、お御子のところは良平がいるからもっと駄目だし。仕方なく」
「だからって、ここに来られたって」
「若い娘を街中に一人ほっぽって置くわけにもいかないじゃない。それに私も道場の稽古があるし。悪いけどこの娘に江戸見物をさせてやってよ。満足すれば帰るだろうから」
お富士は頼み込んだ。
「ええー? 私にこの娘の子守をしろって言うの? 勘弁してよ」
「仕方ないでしょ。仕事がバレないためよ。浅草でも、芝居小屋でも、適当に見せてやって頂戴。頼んだわよ」
そう言い残して、お富士はさっさと行ってしまった。これって単なる厄介払いじゃないの?
「ね、ね、どこに連れて行ってくれる?」
お美羽ははしゃいで聞いてくる。うー。仕方ないか。
「そうねえ……。まずは浅草寺にでも行って見ようか……」お礼は泣く泣くあきらめた。
浅草寺をお参りし、門前町を冷やかして、芝居小屋で芝居を見るという、おのぼりさんのフルコースをひとめぐりすると、お腹が空いたとお美羽が言い出したので、手近なめし屋で食事を取らせる事にする。
若いだけあってその食べる事食べること! これは後でお富士に請求しないと割に合わないわ。お礼はそんなセコイ事を考えていた。
「でね。おっかさんが亡くなった後、私は百姓の家で子守をしながら育てられていたの。みんないい子でね。私にとってもなついてくれたのよ。それなのにいきなり侍たちが来て、私が殿様の子だから城に連れて帰るって言いだして、ホントにお城に連れて行かれたの。初めは楽しかったのよ。ご飯はおいしいし、綺麗な着物も着られるし。でもすぐに飽きちゃって。そしたら江戸にいる父上に会わせるから、じいと一緒に江戸に来るように言われたらしくて、急に江戸に連れてこられたの。それなのに父上にもちっとも会えないし、屋敷の中に閉じ込められて一歩も外に出られないし。もううんざりしてたところだったの」
これだけ食べ続けていて、どこに喋る隙間があるのかと思うほどだったが、お美羽は自分の身の上話を見事に喋り切っていた。
「成程ね。あんたはどっかのお城の殿様の、御烙印だったって訳ね」
「ああ、ゴラクイン、ゴラクイン。何かそんなこと言ってたっけ。だからちゃんとお披露目が済むまでは、身をつ、つ、なんだっけ?」
「身を慎んでいろって?」
「そうそう、それ。まあ、ようはおとなしく屋敷に閉じこもっていろ、って訳。せっかくはるばる華のお江戸に来たって言うのに、ひどいと思わない? だから思い切って屋敷を抜け出したの」
これは……お富士も思った以上に厄介な娘を拾ったみたいね。お礼は真底困り果てた。