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姦~霊能三姉妹の怪奇事件簿~  作者: 乙丑
第十二話:飛縁魔(ひのえんま)
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肆・視界


「それ、ほんと?」

 寝巻きから制服に着替えていた弥生は、驚いた表情を浮かべながら遊火に聞き返した。

「それって、まだ葉月と皐月には云ってないんでしょ?」

「はい、閻魔さまから弥生さまと拓蔵さまにだけ先に言うようにと云われましたから」

 遊火はそう云うや、顔を俯かせる。「本当だったら皐月に云わなきゃいけないけど、あの子のことだから、無理してでも警察病院に行くでしょうね」

 警察病院とはいえ、一般に開放されている病棟である。

 通院する事が出来、もちろん見舞いに行く事も出来る。しかし、重要事件において、遺族が面接拒否をしている可能性だってあるのだ。

「皐月は朽田健祐を襲った事による重要参考人という形で目をつけられているでしょうしね」

「それを知っているのは――阿弥陀警部?」

 遊火の問い掛けに、弥生は頷いてみせた。

「ただその事を知ってるのは、警察関係だと湖西主任もだろうけど」

「信用出来るんですかね?」

「大丈夫じゃよ。湖西主任は口が堅いしな。閻魔さまのことも知っておるし」

 拓蔵が部屋に入り、弥生と遊火に言う。

「爺様。まだ着替え中なんだけど?」

 弥生はそう云うが、既に制服のリボンを結び終え、ほとんど出かけられる状態であった。

「閻魔さまを知ってるって、どういう?」

「まぁ、湖西主任とは数十年の付き合いじゃからな。昔の事も知っておるんじゃよ」

 拓蔵はそう言いながら、遊火を見やった。

「遊火は――知らんようじゃがな」

 その言葉に遊火は首を傾げた。

「さてと、早く朝食の用意しないと……皐月はもう起きてるのよね?」

 弥生は窓から本堂の方を見るや、威勢のいい皐月の声が聞こえてきた。

「もう大丈夫なんでしょうか?」

「そう思うなら、後で皐月が切り落とした藁を確認してみることじゃな」

 拓蔵はそう云うや、部屋を出て行く。

 それを見届けると、弥生と遊火は互いを見やった。


 皐月が本堂からいなくなったのを見計らって、遊火は拓蔵に云われた通り、切り落とされた藁を見やった。

 床に散らばった藁は綺麗に切れているどころか、切れていなかったり、藁が折れ曲がっていたりと、まるで力任せに切って千切れたとしか考えられないものがほとんどであった。

 皐月の刀は摩訶迦羅マハーカーラの力によって作られたもので、それは彼女の精神を写したものとなっている。

 精神が揺らぐことなく、しっかりとしているものであれば、その刀は名刀と言えるほどの代物である。逆に精神が不安定であればあるほど、なまくら以下の代物でしかない。

 拓蔵は皐月が日課にしているこの稽古を終えた後、確認するように藁の切れ目を見ていたのだ。不安定だからこそ、皐月に大宮巡査が目を覚ましたということが話せないでいる。

 遊火がいなくなり、本堂には藁を掃除している拓蔵の姿があった。

「やはり、今日も安定していませんでしたか?」

 瑠璃が藁を一掴みし、掌に広げる。

「彼女に力を与えたのはいけなかったんでしょうか?」

「今更後悔しても始まらんじゃろうよ瑠璃さんや。それに皐月は、決して逃げはせんじゃろうよ」

 拓蔵の言葉を聞き、瑠璃は少しばかり表情を曇らせる。

「わしが田舎の交番から警視庁へ異動になった時、そこで初めてあんたに逢うた。わしの一目惚れじゃったからな。あんたを好きになった事は一度たりとも後悔しておらんがな?」

「私だって、あなたを好きになった事……愛している事に偽りはありませんし、後悔はしていません。ですが、そのことで娘やあの子達を不幸にさせてしまった」

 瑠璃はボロボロと涙を零す。

「わたしは十王が一人、閻魔王であり、地蔵菩薩でありながら、ただ一人の人間を愛してしまった」

 拓蔵は瑠璃をうしろから抱きしめる。その光景は老人が少女を抱きしめているというものであった。

「だからこそ、わしは遼子と弥生たちには、婆さんは遼子を産んで直ぐ亡くなったと偽っておる」

 瑠璃は拓蔵の腕をゆっくりと外そうとした。拓蔵は拒否せず、腕の力を緩める。

「孫を見守るのは祖母として当たり前ですね。そして娘とその夫を心配する事も」

「すまんな、大変な目に合わせてしもうて」

 拓蔵が顎を摩りながら話すのを見るや、瑠璃は笑みを零した。

「本当に変わりませんね」

「人の癖はそう簡単には治らんもんじゃよ」

 拓蔵は瑠璃を見やる。

「拓蔵、少しばかり身を屈めてくれませんか?」

 瑠璃にそう云われ、拓蔵は云われたとおり身を屈めると……、本堂には二十歳ほどの女性が拓蔵の首に腕をまわし、唇を重ね合わせる姿があった。

 それは一瞬の事であったが、二人にとっては永いものであった。

「はぁ……、やはり子供を愛する菩薩という立場でしょうかね? 権化でない以上、大人の姿になるのは力の使いようが極端に違う」

 大人から少女の姿に戻り、瑠璃は溜め息を吐く。

「それでどうでしたか? おおよそ七年ぶりに味わう唇の味は」

 拓蔵が悪戯っぽく問いかける。

「それを聞いてどうするんですか? 昔みたいに、これ以上のことは出来ませんよ?」

 瑠璃は照れくさそうに聞き返した。

「わしのわがままじゃがな。これからもあの子達を見守ってやってくれんかな?」

「云われずとも、私は子供や、力の弱いものたちを見守る神仏ですよ」

 瑠璃はそう云うや、スーと姿を消した。


 夕食の時、拓蔵が大事な話があると言い、三姉妹に箸を止めさせた。

「大事な話って何?」

 と、葉月が尋ねるや、拓蔵は弥生を一瞥する。

 拓蔵が何を云いたいのかがわかり、弥生は少しばかり顔を俯かせ、「今日の未明。大宮巡査が目を覚ましたそうよ」

 それを聞くや、葉月は表情を明るくする。

「それ、本当なの?」

 葉月の反応とは対照的に、皐月の表情は暗いままである。

 それもそうだろう。大宮巡査は二度も切られ、大量出血による瀕死であったことは誰よりも皐月が一番わかっている。

 発見が遅かった事もあり、危険な状態であったことも……。

 だからこそ、目を覚ました事が信じられないでいた。

「もう少し、嬉しい顔したら?」

「私のせいで……私を守ったせいで、大宮巡査は」

 皐月が慟哭するや、拓蔵は皐月の頬を引っ叩いた。

 皐月は吹き飛ばされるように壁に背中を打ち、ズルズルと凭れ落ちていく。

「ちょ、爺様?」

「弥生の言う通りじゃ。もう少し助かった事を素直に喜べんのか、お前はぁっ?」

「爺様落ち着いて、人が助かって嬉しくない人なんていないでしょ?」

 弥生と葉月が拓蔵を宥める。

「いいかっ! 警官はなぁ、本来市民を守るために作られた組織なんじゃよ。大宮くんは当然のことをしただけじゃろ? それを自分のせいだと自惚うぬぼれおってっ!」

 拓蔵がそう怒鳴りつけ、皐月を見やるが、皐月は拓蔵から視線を逸らすように、顔を俯かせいる。

 それを見るや、拓蔵は顔を歪め、「葉月、今日は皐月を見張っておれ! わしはもう寝る」と怒鳴り散らした。

「ちょ、ちょっと! 爺様?」

 弥生は呼び止めようとしたが、乱暴に開けられた障子が壁に当たる音に驚き、それ以上声をかけることが出来なかった。

「皐月お姉ちゃん?」

 葉月が心配そうに皐月に声をかける。

「爺様の言う通りよ。大宮巡査が皐月を守ろうとしたのは、警官として当然の義務でしかないでしょ?」

「でも、あの時私が一緒にいなかったら」

「あんたが恐いのは! 力を暴走させ、無意識のうちに朽田健祐を襲った事でしょ?」

 弥生が確認するように皐月に訊ねるや、皐月は完治した左手を見つめる。

「煙々羅から聞いたけど、あんたの左手は、まるでコンクリートに自分から打ち付けたものだったって。襲われていた時、無抵抗だった朽田健祐に出来るものではなかったって……それって、あんたは大宮巡査に逢う事が恐いんじゃなくて、また暴走するのが恐いからじゃないの?」

 弥生がそう訊ねると、皐月は口をワナワナと震わせながら、「違う……そんな簡単な理由じゃない……大宮巡査が私を守ろうとしたのは……私を守ろうとしたんじゃない」

 皐月の言葉に、弥生と葉月は互いを見やった。


 大宮巡査は、確かに拓蔵の云う通り、警察官として皐月を守ろうとしただけである。

 しかし、皐月からしてみれば、大宮巡査は自分ではなく、大宮巡査が皐月と重ねて見ていた妹の彩奈を守っただけで自分ではないと思えてならなかった。

 それが彩奈に対する嫉妬心によるものか、当の本人は気付いていなかった。


 その晩の事である。葉月は拓蔵に言われた通り、皐月の部屋にいた。

「葉月……ごめんね」

「ううん、いいよ」

 葉月は自分の部屋から持ってきた布団を床に敷いていた。

 皐月の布団は、ほとんどその上で寝ていなかったため、綺麗な状態で敷かれたままになっている。

「わたしね。旧校舎でお姉ちゃんに助けてもらった時と、今回の事って一緒じゃないかなって思ってるの」

「花子さんが出てきた時の話?」

 皐月が聞き返すと、葉月は小さく頷いたが、「にてないわよ」

 と、皐月は言い返した。

「あの時だって、私が犯人に襲われていたのを助けてくれた。大宮巡査が襲われた時だって、お姉ちゃんは助けようとしたんだよね?」

「それとこれとは違うでしょ?」

「一緒だよ。遊火が云ってたもん! 朽田健祐が襲われた時、瑠璃さんや浅葱さんと同じ感じがしたって。それ……わたしも学校で感じたことがあった」

 葉月はそう云うや、皐月を真っ直ぐ見つめる。

「遊火、凄く心配してるんだよ。ずっと皐月お姉ちゃんが辛い顔してるのが……だって遊火、皐月お姉ちゃんのこと大好きだもの。妖怪である自分を受け入れてくれている私たちが好きなんだから」

 そう言いながら、葉月は皐月の手を握る。

「知ってる? 力の弱い妖怪や幽霊は、見るんじゃなくて、視ることにあるんだって」

「……何それ?」

 皐月が小さく口にする。

「瑠璃さんから聞いたことがあるの。そこにいると信じれば、必ずそのものは姿を見せてくれる」

 皐月は薄らとある事を思い出す。

「私、遊火の声聞いたことがあって、だけどそれからずっと聞こえなくて」

「遊火はずっとお姉ちゃんと一緒にいる――」

 葉月はふと何かを思いつき、皐月の手を離すと、立ち上がり、窓を開けた。

 日中の暑さとは比べ物にならないほど、冷たい風が部屋に吹き込んでくる。

「遊火、ちょっと来て……」

 そう呼ばれ、無数の火の玉が部屋の中に入り、ひとつに集まるや、少女の姿へと変わっていく。

 しかし、それを確認出来たのは葉月だけであった。

「遊火、大宮巡査が入院してる病院知ってるんだよね? お姉ちゃんをそこに案内してあげられる?」

 それを聞くや、皐月はもちろん、遊火も驚いた表情を浮かべた。

「そ、そんなことしたら、葉月が」

「爺様って、本当に悪い事したら、押し入れとか、倉に閉じ込めなかった?」

 皐月はハッとし、窓の方を見る。

「行きたいんでしょ? だったらさっさとしないと」

「弥生姉さん? っと……」

 皐月は部屋に入ってきた弥生に声をかけようとしたが、弥生に何かを投げられ、それを受け取る。それは皐月の靴であった。

「ほら、行かないで後悔するのと、行って後悔する。あんただったらどっちを選ぶ?」

 皐月は少し考えるや、靴をその場で履き、窓から外へ出ようとしたが、部屋は二階であり、少しばかり躊躇う。

「大丈夫でしょ? いつもそれ以上の高さから降りたりしてるんだから」

「遊火、皐月お姉ちゃんのこと、よろしくね」

 遊火は葉月にそう云われ、コクリと頷いた。

「ごめん二人とも! 今度、美味しいケーキがあるお店に行って、好きなの奢ってあげるから!」

 そう云うや、皐月は窓から飛び降りた。


 コンクリートの地面に足を叩きつけ、ふらりとするが、いつもそれくらいの高さを飛び降りていたため、外傷はほとんどなかった。

『結局、私は幽霊や力の弱い妖怪が見えないっていう、それだけの理由で、遊火も見えないんだって諦めていたんだ。あの子がそこにいるっていう、ただそれだけを信じればいいだけなのに、それが出来なかった。私が力の弱い妖怪や幽霊が見えないんじゃない。私がそれを拒絶していただけなんだ』

 そこにいると信じれば、必ずそのものは姿を見せてくれる。

 皐月は、さきほど葉月が云っていた言葉を頭の中で繰り返した。

 そして遊火の気配を感じ、そちらを見やった。

 ――すると、ぼんやりと靄が見え、次第に人の形となっていく。

「遊火! 大宮巡査が入院している警察病院まで案内して。全速力でね!」

 皐月は遊火を見ながら、そう告げる。

「は、はいっ!」

 遊火は声を張り上げ、皐月を病院へと案内した。


 そんな二人を弥生と葉月は窓から眺めていた。

「これで、やっと全部終わったのかな?」

「さぁね。元々私たちの記憶は、皐月の恐がりが原因で無くなってたんだし、その原因となった本人は自分のトラウマに勝てなかったからこんな事になってしまった」

 弥生は目の前にいる海雪に目をやった。

「二人ともごめんなさいね」

「別におばあさんが謝る事はないでしょ? 犯人が自分の罪を認めるのは当然でしょ? こっちだって、ずっとそれに合わせていかなきゃいけなかったんだから、そっちの方が大変だったわ」

 弥生と葉月は既に六年前、転落事故に遭っていた事を思い出していた。

「でも、やっぱりお父さんとお母さんのことは思い出せないや」

 葉月が愚痴を零すように呟く。

「それは閻魔さまが探してるから大丈夫でしょ?」

 海雪はそう云うや、姿を消した。

「さてと、どうせ明日からお休みだし、皐月は友達のところに泊まるって事にしとこうかしらね?」

「でもそんなことしたら……」

 葉月は自分が怒られると思い、涙を浮かべる。

「大丈夫よ。その時は私も一緒に怒られてあげるから」

 弥生は葉月の頭を撫で、皐月の部屋で一緒に寝ることにした。


 翌日、弥生と葉月は拓蔵に怒られると思っていたが、何事もなく挨拶され、呆気にとられていた。


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