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姦~霊能三姉妹の怪奇事件簿~  作者: 乙丑
第十一話:朧車(おぼろぐるま)
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肆・葈耳


 皐月たちが連れてこられたキャンプ場は基本的には無料である。

 その代わりコテージなどはなく、各々でテントを張らなければいけないし、スペースもさほどない。

 川から二十(メートル)ほど離れた場所をテントなどの設置場所に決めると、大宮巡査は駐車場に停めていた車から荷物を運び込み、テント張りの準備に取り掛かった。

「あ、手伝います」

 そう言ったのは皐月と瑠璃である。

「それじゃ、先ずは石を退けないと――」

 大宮巡査がそういう前に皐月が先にそれをやっていた。


「言われる前にやるなんて、今日の皐月どうかしてるわね」

 調理場の確保をしていた弥生にそう云われ、皐月はキョトンとする。

(もしかして、無意識にやっていたんでしょうかね?)

(かもしれませんね。皐月は俗に言うお父さんっ子でしたから)

 大宮巡査と瑠璃が小声で会話しているとは知ってか知らずか、皐月は黙々と作業を進めていく。

 石を取り除いた地面の上にブルーシートを二枚分広げ、その上にドーム型のテントをふたつ設置していく。

 最初は大宮巡査がやっていたのだが、手際が悪く、見るに見かねた皐月が最終的にはほとんど済ませていた。

「あれ? 皐月、あんたテントとか張れたんだ」

 かまどや火の元の設置をし終えた弥生にそう云われ、皐月は首を傾げる。

「えっと…… ほら、説明書! 説明書読んでやったから」

 皐月はそう言いながら、大宮巡査を一瞥する。

「いや、すごいね。すぐに理解したんだから」と大宮巡査は笑っていう。

 それを見て弥生はあまり気に留めなかった。

「あれ? そういえば葉月は」

 皐月が近くにいると思っていた葉月の姿がない事に気付き、誰彼構わずに尋ねる。

「あ、おばあさんと一緒に落ちている木の枝とかを拾いに行ってもらってる」

 そう弥生が説明していると、近くから子供の焦った声が聞こえてきた。


「ちょっとおばあちゃん、よけないでぇ!」

 葉月が海雪に向かって何かを投げており、それを海雪は避けながら歩いている。

「葉月! 下手な鉄砲も数撃ちゃ当たるって、言葉知ってる?」

「知ってるけど、今それどころじゃない」

 葉月が投げたものが弥生の服に当たり、それを手に取った。

「これって、オナモミ?」

「へぇ~、くっつきむしかぁ…… 葉月ちゃん? これどこにあったんだい?」

 大宮巡査にそう訊かれ、葉月は川下にある茂みを指さした。


「おばあちゃん、意地悪なんだよ? 私が一生懸命木の枝を集めてるのに、うしろから投げるんだもの!」

 葉月は履いているミニスカートをパタパタと扇ぎながら、引っ付いていたオナモミを取ろうとする。下にジーンズを履いているとはいえ、傍から見ればみっともない。

「葉月ちゃん。オナモミははらっただけじゃ取れないんだよ」

 そう云いながら、大宮巡査はひとつずつ、葉月のスカートに付いたオナモミを取っていく。


「ちょっとぉっ! マジありえねぇんだけど?」

 近くの方から男性のチャラけた声が聞こえ、皐月たちはそちらを見やった。

 川岸の方で赤茶色の髪をした男とそれに二人の女性が引っ付いて、釣りをしている。

 女性の一人は黒髪で長さは腰まであり、服装はお嬢様をイメージさせる白桃色のワンピースで、靴は紅梅色のハイヒールと、正直舐めてるのかと言いたくなる格好である。

 もう一人はみつあみで、ジャンパーを着ており、靴は赤と白のスニーカーである。

「うぅわぁっ! まぁたかよぉ! つぅかこの糸ダメダメじゃねぇ?」

 男はリールに絡まった糸をほぐしては巻き取って元に戻し、リリースする。――そして、数秒もしないうちに糸を巻き取っていく。

「健佑ぇ? マジヤバじゃねぇ? 全然昼飯取れねぇんだけどぉ?」

 彼らの会話を聞く限りでは、釣った川魚を昼食にしようとしていた。


「あんなに早く糸を巻いてたんじゃ、釣れるわけないでしょうに」

 海雪がそう云うや、三姉妹と瑠璃は同意するように頷く。

「ちょっとぉ? あんたらなぁにぃ? うちらのやり方にケチつけるわけ?」

 釣りをしている男――健佑の横にいたみつあみの女性が皐月たちを睨みながら、文句をつける。

「いや、彼女たちの言い方が悪かったのなら、謝るよ。でも、釣りっていうのは時間をかけてやるものだと僕は思うけどね?」

 大宮巡査が割って入って、弁論する。

「んな時間ねぇっつぅーの! あたしらもうお腹ペコペコなのょ!」

「舌足らず……」と瑠璃が呟く。その言葉が聞こえ、女性は顔を真っ赤にする。

「はぁ? マジありえねぇ? 年下のくせに、偉そうにしてんじゃねぇよぉ?」

「なら訊きますが、あなた達はこの山に何しにきたんですか?」

 そう訊かれ、女性は、

「はぁ、見てわかんねぇ? キャンプに決まってんっしょ?」

 と、呆れながら答える。


「キャンプって…… テントも何も見当たらないけど?」

 弥生がそう言うと、

「うちらぁ、若いしぃ。テント張るのマジ疲れるからぁ、健佑の車に泊まるのよぉ?」

「なるほど、だからテントがないのか――」

 そう云うや、大宮巡査は皐月と葉月を手招きする。


「車の中に網があるんだ。それをちょっと取ってきてくれないかな?」

 そう云うや、大宮巡査は車の鍵を皐月に渡す。

 皐月と葉月は何の事だかわからないまま、言われた通り車から網を持ってきた。


「へぇ、この川って、結構魚がいるんですね?」

 大宮巡査はそう云いながら、川の中を覗き込む。

 水は透き通っており、大小様々な魚が優雅に泳いでいる。

「綺麗な水には、それだけ多くの生き物が住み着きますからね」

「それでこの網をどうするの?」

「ああ、それじゃ皐月ちゃんと海雪さんは網の両端を掴んで、川に沈めて。魚が逃げないように川を遮るようにね」

 そう云われ、皐月と海雪は網の両端を持ち、海雪が川をわたっていく。

 幸い川の水位はそれほど高くはなく、海雪の脹脛から下が濡れるだけだった。

「それじゃ、ちょっと濡れるかもしれないけど」

 そう云いながら、大宮巡査は大きな岩を見付けるや、両手に担ぎ上げた。

「ちょ、ちょっと!」

 皐月がそう言うより前に、岩は川へと投げ込まれ、水飛沫が高く上がった。

 その余波は川岸にいた弥生・葉月・瑠璃、健佑、女性二人、大宮巡査に降り注いた。

 網を持っていた皐月と海雪にも当然のように水飛沫が当たった。


「ちょ、ちょっと大宮巡査ぁ?」

 葉月が目を細めながら、川の方を見ると、瞳孔を大きくし、驚いた声を挙げた。

 ひぃ、ふぅ、みぃ、よぉ……と五匹の川魚がぷかりと水面に浮かび上がってきた。


「ふぅ、けっこううまくとれたなぁ」

「水面に石などで衝撃を与え、魚をショック死させる。皐月、脱衣婆。あなたたちの方にもびっくりして隠れていた魚が逃げ込んでるかもしませんよ」

 瑠璃にそう云われ、皐月と海雪は川に仕掛けていた網の中を確認すると……

「えっと…… (あゆ)山女(やまめ)…… あ、(うなぎ)も入ってる」

 網の中には数匹もの淡水魚が多く捕まっていた。

「すんげぇ? つぅーか、ありえねぇ? 俺がやってたのってなんなんだァ?」

 健佑が悶えるように言う。

「あなたの場合は我慢が足りなかっただけでしょ? あと川に対しての礼儀」

 弥生がそういうと、

「川に礼儀なんていらないっしょ? つぅかなぁに言ってるの? 頭おかしんじゃねぇ?」

 (頭がおかしいのはあんたの方でしょ?)と弥生は思ったが、口に出すことはしなかった。


「さすがにうなぎは食べるにはもったいないから、逃がしてやろう。――どうする? 君たちが良ければ夕食に川魚を追加するけど?」

「そういえば、元々何を作ろうと思ってたんだっけ?」

「えっと、大宮巡査が料理出来ないだろうなって思ってたし、簡単なのでカレーの材料持ってきたんだけど?」

 弥生がバッグから袋に入れたニンジンやら、じゃがいもやらを出してみせる。

「まぁ、定番といえば定番ですし、無難と言えば無難ですね?」

「それだったらさぁ? シーフードにしたら?」

 海雪の言葉に葉月が首を傾げる。

「あれ? シーフードって海鮮って意味じゃなかった?」

「まぁ、細かいことは気にしないの」と海雪は笑って誤魔化した。


 日が暮れ始め、弥生と瑠璃が調理をし始める。先程の水飛沫で服が濡れてしまったため、着替えており、二人ともTシャツにズボンというラフな格好である。

 弥生が野菜や肉を切り、瑠璃は大宮巡査が用意していたアウトドア用のガスコンロで野菜を炒めていく。海雪はその横でとれた川魚を人数分焚き火で焼いていた。


「魚は殿様に焼かせろ、餅は貧乏な百姓に焼かせろってね」

「おばあちゃん、なにそれ?」

 海雪の言葉に弥生が尋ねる。

「魚を焼く時は頻繁にひっくり返すと魚の表面が痛みダメになってしまうから、命令するだけであまり手を出さない殿様がいい。逆に餅は頻繁にひっくり返した方がいいから、もうできたかまだできないかと手を出す百姓がいいっていう意味」

「つまり、我慢強いかという意味です」

 海雪の説明に瑠璃が付け足しをする。

 串を口から刺された鮎や山女が背中から火に炙られ、脂が火の中に滴り落ちていく。その度に『ジュッ』という燃える音が聞こえ、火は勢いを増していった。


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