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姦~霊能三姉妹の怪奇事件簿~  作者: 乙丑
第十一話:朧車(おぼろぐるま)
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参・弱虫


 大宮巡査が稲妻神社にやってきた晩の事である。

「二週間後の週末? それがどうかしたの?」

 弥生が拓蔵にそう尋ねる。

「いやな。昼間大宮巡査が神社に来て、日頃の感謝にお前たち三人をキャンプに連れていきたいという申し出があってな。当日お前たちの都合が良ければなんじゃが?」

 拓蔵はワンカップ酒を飲みながら説明する。


「別にこれといって予定もないけど…… でもねぇ? キャンプっていったら泊まるってことでしょ?」

 弥生がそう言いながら、皐月と葉月を見やった。

 皐月は気にも止めずに食事を進めているが、葉月に至っては目を爛々《らんらん》と輝かせている。

「葉月……行きたいの?」

 皐月がそう訊くと、葉月は頷いた。

「うーん。皐月はどうする? 葉月だけじゃ大宮巡査に失礼でしょ?」

 どうしてそういうことになるのだろうか?と皐月は思ったが、お世話になっていることにはかわりないため、行くことにした。

「それで、弥生姉さんはどうするの?」

「大宮巡査って料理できるのかしらね?」

 要するに弥生も理由付けて行きたいんじゃと考えながらも、皐月たちはキャンプに行くことにした。

 三姉妹が呆気なく決めていくのを見ながら、拓蔵は不機嫌極まりない表情を浮かべながら、酒を飲み干した。


 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 それから二週間後の事である。その間事件はあったものの、大宮巡査は阿弥陀警部らと共に、皐月たちの力を借りずとも事件を解決していった。


 稲妻神社の駐車場に黒の4WDが停められており、リュックザックを背負った皐月と葉月がそれに見入っていた。

「でっかーい」

 葉月は思った事を素直に口に出した。

 皐月は口にこそ出さなかったが、葉月と同じ感想だった。

「忘れ物はないかな?」

 大宮巡査が尋ねると、三姉妹は頷いた。

「それじゃ爺様…… くれぐれもお酒は控えてよね?」

「わかっておる。道中気を付けてな―― んっ?」

 拓蔵が不思議そうに首を傾げる。


「あれ、皐月。昨日、助手席は葉月が乗るってことになったんじゃなかったっけ?」

 弥生に言われ、既に助手席に乗っていた皐月がアッと声を挙げるや、車から降りようとする。

「別にいいよ。早い者勝ちだし」

 葉月はそう言うが、如何せん納得のいかない表情を浮かべている。

「なんか…… 前にも同じことなかったっけ?」

 弥生がそう云うが、皐月と葉月は不思議そうに首を傾げる。

「ほら、三人とも、早くしないと一緒に行く人が怒るかもしれないよ」

 大宮巡査にそう急き立てられ、三姉妹は車に乗り込んだ。


「大宮巡査、さっき一緒にって…… 他にも誰か来るんですか?」

 結局助手席に座ることになった皐月がそう尋ねる。

「ああ。今回のキャンプ、実は神主は反対していたんだ」

「どうして?」

 弥生が最もな意見を言うが、三姉妹の記憶と両親に関わることだということは話すべきではないと大宮巡査はわかっていた。

「いや、やっぱり若い男に可愛い孫を預けるのは忍びないって思ったんじゃないかな?」

「大丈夫ですよ。大宮巡査って見た目からして弱そうですから」

「はは、『男は狼なのよ』って歌のフレーズがあるくらいだからね。いい人だからって信用しちゃいけないんじゃないかな?」

 大宮巡査は口遊びながら、話をする。

「すっかり忘れてたけど、大宮巡査もれっきとした男性なんですよね」

「や、弥生さん。それはちょっと酷いんじゃないかな?」

 苦笑いを浮かべる大宮巡査を見ながら、皐月と葉月は笑みを浮かべていた。


 大宮巡査は皐月たちと最初出会った時、とっつきにくいものだと思っていた。

 しかし彼女たちに会うたび、色々な顔が見えていた事も事実である。

 捜査をお願いしている時の真剣な顔つきとは裏腹に、今こうして車内でわけへだてなく会話をしているのを見ると、やっぱり女の子なんだなぁと大宮巡査は考えながら車を運転していた。


 車はちょうどキャンプ場がある山の麓の前を通っている道路に入ると、脇に一時停止した。

 葉月は窓を開け、あたりを見渡したが、走る車はあっても、歩いている人は人っ子一人いなかった。

「大宮巡査、誰もいませんよ?」

「可笑しいなぁ…… 二人とも約束を破るとは思えないんだけど」

 その言葉から大宮巡査と親しい人なのだろうかと弥生と皐月は思った。

「あ、あれじゃないかな? ――って…… えっ?」

 顔を覗かせていた葉月が、道路の向こう側から走ってくる二つの影に目をやるや、声を挙げた。

「ちょ、ちょっと? あれって瑠璃さんとおばあちゃん?」

 皐月と弥生もその影に気付くや、声を荒らげた。


 瑠璃はサマーセーターにジーンズ、小さなツバの麦藁帽子に赤色のスニーカーを履いており、海雪はカッターシャツにホットパンツ。肩の上に薄手のスカーフを撒いている。足には膝元までのニーソックスにブーツという姿である。

「す、すみません大宮巡査…… ちょっと準備に手間取ってしまって」

 息を整えながら、瑠璃は大宮巡査に謝りを入れる。

「いや、いいですよ。僕たちの方がちょっと早く来ちゃったみたいですし」

 そう云われ、瑠璃はホッと胸を撫で下ろした。

 脱衣婆は中部座席のドアを開け、座椅子の背凭れを曲げると、自分たちの持ってきたバッグを乗せ始める。

「それじゃ、行きますか」

 大宮巡査がそう云うや、再び車を発進させた。

「そういえば大宮巡査、あれは用意してるんですか?」

 弥生の横に座っている瑠璃がそう尋ねると、「ええ。ちゃんと用意しています」と大宮巡査は答える。

「なにかあるんですか?」

 皐月がそう尋ねると、瑠璃と大宮巡査は少しばかり笑みを浮かべた。その表情に三姉妹は首を傾げていた。


 車が山を登っていく最中、瑠璃と海雪は外の景色を警戒するように見ていた。

 事故があった現場を通り過ぎるや、よりいっそう警戒心をむき出しにするが、目的のものはどこにもなかった。

 六年前、車がキャンプ場から下っていた時、皐月が気になった看板を探していたのだが、数年経っている以上、まだあるとは二人とも思っていなかった。


 ふぅ……と、瑠璃と海雪が息を吐いた時だった。

 開けっ放しになっていた窓から、何時の間にか蜂が車内に入ってきていたのだ。

「う、うわ……!」「ちょ、危な……!」

 蜂一匹入ってきただけでこの騒ぎである。

「落ち着きなさい。蜂はこちらから何もしなければ、攻撃することはありません」

 瑠璃が落ち着いた口調で言うや、全員があまり騒がないようにした。

 三、四分ほどして、蜂が開けられた窓から出ていったのがわかると、すぐさま開けられていた窓全てを閉め切った。

「び、びっくりしたァ……」

「もう、心臓に悪い……」

 弥生と葉月が息を整えている中、前の方でガタガタと震えている気配がした。

「さ、皐月ちゃん、ちょっと離れてくれないかな? 運転しずらいんだけど――」

 大宮巡査の言葉に、うしろに座っていた四人が前の方を覗き込むと、皐月が今にも泣きそうな表情を浮かべながら、大宮巡査の腕に抱きついていた。


「ちょっと、皐月? あんた虫ってダメだったっけ?」

 弥生が呆れた声でそう尋ねる。

「えっ? っと……」

 皐月は我にかえり顔を上げると、すぐ近くに大宮巡査の顔があったため、慌てて手を離し、体を正面に向けなおした。。

「しっかし、今のは面白かったわね。虫がダメって」

 海雪がクスクスと笑をこぼす。

「べ、別に可笑しくないでしょ? 蜂に刺されたら死んじゃうかもしれないじゃない?」

「大丈夫、大丈夫。さっきのはミツバチみたいだから、刺されても膨れるだけで、死ぬほどじゃないと思うよ」

 大宮巡査にそう云われ、皐月は一度大宮巡査を睨んだが、すぐさま顔を俯かせた。


「大宮巡査、皐月は一度ミツバチに刺されていることがあるんです。一度目ならまだしも、何度も刺されてしまっては命の危険性があります。何事も馬鹿にはできないんですよ」

 瑠璃がうしろから注意する。

「そ、そうなんですか? 皐月ちゃんごめんね。知らなかったとはいえ酷いこといっちゃって」

 大宮巡査は謝るが、皐月はキャンプ場につくまで、一言も会話には参加しなかった。

 そんな皐月を瑠璃は物悲しそうに見ていた。

 それどころか自分自身が嘘を吐いてしまったことに対する罪悪感もあった。

 六年前、今と同じ状況の時、皐月は運転していた健介の腕にしがみついていた。

 それは虫が怖かったというよりも、皐月が極度なまでの怖がりだったことにあった。

 また皐月が蜂に刺されたことは一度たりともなかった。


「閻魔さま…… どうかしたんですか?」

 違和感を感じた海雪が瑠璃に尋ねると、

「何事も起きなければ…… 当初の目的以外、何事もなければいいんですけどね」

 瑠璃がそう言うと、海雪は何も言わず頷いた。


私にファッションセンスなんてございません。

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