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姦~霊能三姉妹の怪奇事件簿~  作者: 乙丑
第十一話:朧車(おぼろぐるま)
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弐・卒塔婆

卒塔婆そとば:供養・追善のため、墓などに立てる細長い板


「神主はご在宅でしょうか?」

 照りつける太陽の下、稲妻神社の境内で掃除をしている職員の巫女に、スーツ姿の大宮巡査が尋ねる。

「え、ええ。いらっしゃいますが――」

 巫女は大宮巡査が警察の人間だということは知っているので特に何も聞かず、社務所へと案内した。


「おや? 大宮巡査…… 今日はまた何用で?」

 社務所へと入ってきた拓蔵が大宮巡査にそう尋ねた。

「神主…… 実は今日来たのは、教えてもらいたいことがあってなんです」

 拓蔵は案内していた巫女に茶の用意をと伝えた。


「それで―― 訊きたいこととは?」

 お茶を一口のみ、拓蔵が尋ねると、

「先日、皐月ちゃんを斎藤武の屋敷に連れていき、あのような失態をしてしまったことを」

「いやいや、そのことはもうイイんじゃよ。わしは別に強要していたわけじゃないしな」

 拓蔵は笑って言うが、大宮巡査の真剣な表情を見るや、声のトーンを落としていく。

「その時、一緒に来ていた鳴狗信乃さんが去り際に云っていた言葉が気になって、色々と皐月ちゃんたちのことを調べたんです。それと神主さんのことも――」

 それを聞くや、拓蔵は大宮巡査を睨みつけた。

 大宮巡査は一瞬たじろぐが、すぐに姿勢を正しくし、ジッと拓蔵の目を見やった。

「神主は六年前、ある事件をきっかけに自ら辞表を出して警察を辞めていらっしゃる。皐月ちゃんたちがこの稲妻神社に住み始めたのも、ちょうど同じ時期だった」

 誰に聞いた?と拓蔵が訊ねると、大宮巡査は佐々木刑事からと答えた。


「あの馬鹿が…… 余計なことを言いおってからに――」

 拓蔵は呆れたような、諦めたような複雑な表情を浮かべながら、頭をかいた。

「それで、聞きたいのはそのことについてか? ならば、話すことなどひとつも」

「いいえ。その時季に起きた転落事故―― どうして警察は詳しく捜査をしなかったんですか? それに、公安部に所属していたとはいえ、一概の警視であったあなたが自ら警察をお辞めになっているのも、そのことに――」

「それだけじゃったら、帰れぇっ!」

 拓蔵が大声を挙げ、コップをテーブルに叩きつけた。


「いえ―― 僕が神主に聞きたいのは、事故のこともありますが、本当に聞きたいのは皐月ちゃんたちのことなんです。彼女たちは一体何者なんですか?」

 大宮巡査の質問を聞くや、拓蔵は逃げるように視線を逸らした。

「何こともない、ただ普通の――」

「先日、皐月ちゃんが犬神に取り憑かれた斎藤千和に腹部を噛まれていました。僕は直接噛まれたのを見てはいませんが、相当深手だったんです。それなのに腹部の回復が異常なまでに早かった…… 今までだって殆ど数日で全快していた。それに鳴狗信乃さんが皐月ちゃんに向かって言った言葉も――」

 拓蔵は信乃が何を言ったのかと尋ねる。

『人間でも、妖怪でもない』

 その言葉が大宮巡査は引っかかっていたのだ。


「彼にだったら、教えてもいいんじゃないの?」

 大宮巡査はうしろから声が聞こえ、そちらに振り向くと、そこには脱衣婆と瑠璃が立っていた。

「だっ…… み、海雪(みゆき)さん? それと瑠璃さん」

 大宮巡査に名を言われた瑠璃は、まるで相手を哀れむような表情を浮かべる。それ以降余り大宮巡査を見ようとはしていなかった。

「拓蔵…… 私は彼に、皐月と葉月が心を許している彼にだったら、全てを話してもいいと思っています」

「それは……皐月たちに命令している立場としてですか?」

「いいえ、私個人の――あなたがこの六年間、密かに調べていた事を知っている身としてです」

 拓蔵は難しい表情を浮かべながら、少しばかり考え込むと――


「六年前…… 確かに転落事故が起き、その被害者は健介くんたち家族じゃった……」

「それじゃ――」

「じゃが、健介くんはプロのレーサーじゃったから、運転ミスもなければ、空気圧によるパンクだったとも思えんかった。あの燃えるような太陽の下で、空気を入れすぎれば、タイヤの空気は熱によって膨らみ暴発する。車乗りなら知っていて当然の事はしなかったはずなんじゃ。転落事故の原因は後輪のタイヤがパンクしたためと判断された…… わしはそのことに違和感を感じておったし、何より、横転した車の中には弥生たち三姉妹しかいなかった事が何より不思議でたまらんかったんじゃよ」

「運転席側のドアは地面でふさがっていましたし、なにより助手席に座っていた皐月のシートベルトが刃物で切られていました。そのことから、運転していた初瀬神健介が皐月を助けたと推測できるんです」

 瑠璃の言葉に大宮巡査は少しばかり考えるや、

「ちょ、ちょっと待ってください、瑠璃さん? あなたは確か閻魔王でしたよね? 閻魔王って、この世の全てを知ることが出来るんじゃないんですか? それなのに話を聞いてると、まるでわからないって言ってるのと同じじゃないですか?」

 大宮巡査は先程瑠璃が云った『推測』という言葉に違和感があったからだ。

 『推測』とはある事柄に基づいて、おしはかって考えることであり、云ってしまえば想像と同じ意味である。

 この世の全てを知ることができる閻魔王でさえわからないことが、大宮巡査は理解できなかった。


「私もこの六年間…… 彼女たちを執行人にしたという責任がありますから、初瀬神健介とその妻であり拓蔵の娘である遼子の行方を調べていましたが――未だに見つからないんです」

 瑠璃は俯くように答えた。

「まるで――誰かが意図的に二人の行方を曇らされているって感じがしますね」

「やっぱり大宮巡査もそう思いますか? 本来ならば全ての事柄は浄玻璃鏡を通して知ることができます。でも二人の事柄についてはまったくと云っていいほどぼやけてしまう」

 今までの口調とは違い、丁寧な話し方をする脱衣婆に、大宮巡査は目を点にする。


「それに、転落事故で彼女たちは一度死んでいるんです」

「一度死んだって――人間は死ねば生き返らないのが自然の摂理なんじゃ?」

「臨死状態という言葉を知ってますか? 本当に死んでいたのならば生き返らせることはしません。ですが、弥生たちは露世側にある賽の河原にいましたから、死んではいないことになるんです。だからこそ、私は彼女たちを生き返らせた。拓蔵にある一つを条件に」

「ある一つの条件?」

 社務所にいる全員が拓蔵を見やる。


「執行人であることを条件に…… 両親の記憶と、その原因となった事故の記憶全てをなかったことにすること」

「一種の記憶喪失ってことですか?」

「簡単にいえばそうですけど、でもいずれ時期が来れば彼女たち自らが思い出すかもしれないと思っていましたが…… 姑獲鳥の時に皐月は自分の両親のことを拓蔵に訊ねていましたし、自分たち姉妹が健介と遼子と一緒に写っている写真を見てから、三姉妹は次第に違和感を持ち始めていた」

 瑠璃の説明に大宮巡査は心当たりがあった。


「仮に瑠璃さんや海雪さんの云っていることが本当だとすれば―― あ、いや…… 二人が閻魔王と脱衣婆であることを前提に考えるとすると…… 皐月ちゃんたちが持っている力は執行人だったからってことですか?」

「いえ…… 葉月が姉妹の中で霊感が強いのは先天的なものですし、皐月の耳が若干悪いのも、事故に遭う前からだったそうです」

 脱衣婆……海雪の話を聞きながら、大宮巡査はあることを考えていた。


 そして大宮巡査は重たい口を開いた。

「皐月ちゃんと弥生さんは期末テストを終えたんでしょうか?」

「確か昨日か、一昨日に終わってるはずじゃが、それがどうかしたのか?」

 拓蔵がそう尋ねると、瑠璃と海雪は大宮巡査の考えがわかるや、表情を変えた。

「まさか、そのキャンプ場に彼女たちを連れていくっていうんじゃ?」

「何を馬鹿なことをほざいておる! 古傷を抉るようなものじゃないか!」

 拓蔵が睨みつけながら、大宮巡査の胸倉を掴みかかる。

「僕だって…… 出来ればこんなことはしたくない。ただでさえ傷ついている彼女たちに」

「それじゃ…… それじゃぁどうして?」

 海雪がそう訊ねると、大宮巡査はジッと海雪を見つめた。


「あなたたちが彼女たちのことを思って、両親のことや、事故のことを隠しているのなら、それもまた優しさなんだと思います。だけど! さきほど瑠璃さんが云っていた、心の中にそういうモヤモヤがあるのなら! それを晴らしてあげるのも、また優しさだと思います。どんなに残酷な現実だろうと、彼女たちはきっと受け取ってくれる! 僕はそう信じています」

「詭弁を論ずるな! 人間の心はそう簡単に強くはならんのじゃよ? 青二才!」

 拓蔵が睨みつけながら、暴言を吐く。

「何とでも言ってください。僕は彼女たちがどんな辛い思いをしてきたのか、想像することしかできない。だけど――隠すことが、隠されることがどれだけ辛いことか――」

 大宮巡査の言葉を聞くや、瑠璃は少しばかり表情を曇らせた。


 「閻魔さま?」と海雪が声を掛ける。

「拓蔵。大宮巡査の言う通り、皐月たちの都合が良ければ…… 二週間後の週末、事故があったキャンプ場に連れていきましょう」

「え、閻魔さま?」

 瑠璃の言葉に拓蔵は狼狽する。が一番驚いていたのは大宮巡査であった。

「大丈夫。その時は私と脱衣婆も同行しますから」

 瑠璃は海雪を見ながら言う。海雪は答えるように無言で頷いた。


「…………ちっ―― わかりました……」

 ひとつ舌打ちをするや、拓蔵は諦め、それを了承した。


 社務所を出て、神社の鳥居を潜り、前の駐車場に停めていた車に乗り込もうとした大宮巡査を瑠璃が呼び止める。

「本当によろしいんですか?」

 社務所にいた時とは打って変わって、神仏だというのに遠慮している口調である。

「――なにがですか?」

 瑠璃の問いかけに大宮巡査が聞き返す。

「今回は皐月たちの事を思ってのことでしょうが…… あなたのことでもあるんじゃないんですか?」

 その言葉を聞くや、大宮巡査は少しばかり、瑠璃から目を逸らした。


「瑠璃さん…… 謝罪しても…… 数え切れないほど謝罪しても、罪が赦されないことだってあるんです」

「でも…… あれはまだあなたが――」

 瑠璃がその先を言おうとした時、大宮巡査は車のクラクションを鳴らした。その音に瑠璃はドキッとする。


「あなたが僕を赦してくれたとしても、僕自身が僕を赦すことは絶対にない!」

 そう言うや、大宮巡査は車を発進させた。

 通り去っていく車を寂しそうな表情で見送るや、瑠璃はスーッと姿を消した。


 ――とあるお寺にある墓場。その一角に卒塔婆が立てられている場所がある。

 そこには『大宮彩奈(さな)』と書かれた卒塔婆があった。


瑠璃と大宮巡査の関係は今回(第十一話)では詳しく語られませんが、大宮巡査が三姉妹に会う前からの知り合いです。

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