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姦~霊能三姉妹の怪奇事件簿~  作者: 乙丑
第十話:犬神(いぬがみ)
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玖・慟哭


 今までの嵐が嘘のように雲間が裂き、月明かりが照りはじめた。

「皐月ちゃん! 信乃さん!」

 騒ぎを聞きつけた大宮巡査ら警官たちが、皐月と信乃のところへと駆け寄った。

「大丈…… っ!?」

 その惨状を見るや、大宮巡査は口元を抑えた。

 皐月の腹部は噛みちぎられており、そこから血が大量に流れ出している。


「だ、誰か……! 誰か救急車を――!」

 大宮巡査がそう叫ぶと、皐月は大宮巡査の裾を握った。

「まって…… 私より…… 信乃を病院に――」

 確かに二人とも重傷を負っている。しかし、傍から見れば、皐月の方が危険な状態である。

「な、何を云ってるんだ? 君のほうこそ酷い傷じゃないか……」

 大宮巡査がそう云うと、皐月は歪んだ表情を浮かべた。その表情は自分よりも信乃の方を助けて欲しいといった感じであった。

「信乃…… あの子は必ずまたあなたのところに現れるかもしれない…… でも――」

 皐月がそう信乃に云うが、信乃は皐月が先程やった不条理が赦せないといった感じである。

「執行人が妖怪を逃がすのは大罪じゃないの?」

「そ、それはわかってる! でも、あの子は誰も殺してなんかいない! それにあの犬神を殺したら…… 信乃自身が後悔する!」

 その言葉を聞くや、信乃は少しばかり皐月を見やる。


「後悔? 妖怪を殺すことに後悔なんてしない。それに…… さっきからなに詭弁を述べてるのよ?」

 信乃は目の前にいた妖怪を滅せなかったことに、より苛立ちを感じていた。もちろんそれは皐月も重々感じている。

「それにね…… たとえユズだったとしても――私を傷つけるようなことはしない」

「信乃…… あんた前に私に云ったよね? 妖怪には心がないって…… でも、あんたを攻撃していたとき、千和さん泣いてたのよ? 妖怪に取り憑かれた人間は自意識を保てない。だったら――」


「っさい……!」


 皐月の言葉を遮るように、信乃は言葉を述べた。


「さっきから、ユズ…… ユズ…… ユズ……って―― 私があの子のことを聞けば、妖怪を殺すことをやめてくれると思ってるの? それは無理よ…… あの子を殺した妖怪に復讐するまでは妖怪を殺し続ける。たとえあの子が妖怪だったとしても、その考えは変わらないわ」

「信乃…… わかってるの? たとえ殺し続けても、それはあんたがあんたを殺し――」

 皐月は信乃の表情を見るや、言葉を止めた。

 その表情は目に輝きがなく、曇天の濁りがあった。

「人間でもないくせに…… 人間でも、妖怪でもないくせに! 私の何がわかるっていうのよっ!」

 そう言い放つや、信乃は傷ついた体を引きずるように屋敷を出ていこうとする。

「し、信乃さん……」

 大宮巡査が後を追いかけようとしたが、二、三歩歩くと足取りを止めた。

 信乃の周りで様子を見ていた警官たちですら、信乃を呼び止める人間はいなかった。

 それはまるで、信乃がそれを拒んでいて、誰一人それに手を貸そうとはしないといった状況だった。


「お、大宮巡査…… 斎藤千和は――」

 警官が大宮巡査に声をかけ、大宮巡査はハッとする。

「そうだ! 千和さんは?」

 目の前で倒れている千和を見るや、大宮巡査は彼女に駆け寄った。

 そしてその様子を見るや、言葉を失った。

 皐月と信乃が一目見ただけでも重症だったにも拘らず、千和の体は雨で濡れ汚れているだけで、外傷は殆どなかったのだ。

「一体どういう……」

 大宮巡査はそのことを訊ねようと、皐月を見やった。


 しかし皐月の表情は、まるで心がここにはないといったように、目を大きく開き、口をワナワナと震わせている。

 ずっと雨にさらされて、体が冷えているのかと、大宮巡査は最初そう思った。

「人間……じゃ……ない? それって…… どういう……意味?」

 皐月はそう呟くや、まるで操り人形の糸が一本ずつ切れるように、体を倒した。

「皐月ちゃんっ!?」

 大宮巡査が皐月に駆け寄り、皐月を抱きかかえた。


 ふと違和感を感じた大宮巡査は、皐月の腹部を見るや、ゾッとした。

 さっきまで血が流れていた傷跡が徐々にカサブタになろうとしている。それも想像できないほどの速さで……

 それを見ながら、大宮巡査は皐月に畏怖する。

 ――が、それでも病院に連れていこうとすると、

「大宮巡査…… 皐月を神社までお願い――」

 突然目の前に現れた脱衣婆を見るや、大宮巡査は驚いた。

「ど、どうして? 彼女は瀕死の状態なんだぞ?」

 大宮巡査がその先を言おうとすると、脱衣婆がそれを止めた。

「お願い…… 今は私の言う通りにして――」

 脱衣婆が寂しそうな表情を浮かべる。

「い、一体…… どういうことなんだい? それだけは――」

 質問に答えてもらおうと思ったが、大宮巡査はそれ以上何も云わなかった。

 自分よりも脱衣婆が云ったことを優先したほうがいいと思ったからだ。


 皐月を抱きかかえ、自分の車の後部座席に横たわらせる。そして、ついていくように脱衣婆は皐月の横に座った。

「一つ聞かせてくれませんか? あなたは皐月ちゃんたちや信乃さんの監視をしているんですよね? それに――脱衣婆なんて固有名詞じゃなく、出来れば名前だけでも教えてくれませんか?」

「――海雪みゆき…… 咲下さくした海雪……」

 意外にも素直に告げると、脱衣婆はスーと姿を消した。

 大宮巡査は運転していたため、うしろを振り向けなかったが、バックミラーには横たわった皐月だけしかいなかった。

 だが、その声は今まで聞いていた女性の声というよりかは、皐月や信乃と同じ年齢の少女といった感じであった。


 車は稲妻神社の前で停まり、大宮巡査は携帯で連絡をし、拓蔵を呼び起こした。

 電話受けた拓蔵は皐月の様子を見るや、皐月を抱え、急いで部屋へと運んでいった。


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