捌・邪推
邪推:僻みから、悪い方に推測すること。
窓から飛び降りた千和とそれを追う信乃の後を皐月は追っていた。
雨は夕方から降り始めた時よりも激しくなり、仄かにぼやけた部屋の明かりは何の頼りにもならない。
荒れ狂った空気がまるで皐月だけを二人に近付けさせようとしないかのようだった。
それでも皐月はあくまで執行人として、信乃が云っていた推理が正しければ、千和を誘導殺人の主犯として、罪状を言い渡さなければいけない。
それは信乃よりも先に言い渡さなければ、取り返しのつかないことになる。
「信乃っ!」
皐月は雨にかき消されることを覚悟の上で必死に叫んだ。
自分の声が小さく感じられるほどに雨音は大きく、それどころかより一層激しくなっていく。
視界の先に青白い炎が見え、皐月はその先に信乃がいると直感した。
いや、むしろ青白い炎が場所を教えているといったほうがいい。
「一刀……桜翼燕っ!」
信乃がそう叫ぶや、飛び込むように長刀を千和目掛けて振り下ろした。
千和は肉を削ぎ落とされるが、致命傷とは言わず、一瞬のうちに信乃の懐に入り、腹部を殴り、信乃を吹き飛ばした。
「我流一刀……紅破」
皐月がうしろから千和に襲いかかるが、切っ先は悠々と避けられ、皐月は千和に蹴り飛ばされる。
「げぇほっ!」
信乃は体勢を整え、千和との間合いを少しだけ離した。
ふと、皐月の気配が消えているのに気付くが、実際は信乃の視界にいたので、目で確認はできた。
皐月は二刀を構え、精神を集中させるや、
「二刀……焔鼠轍っ!」
長刀を先に構え、その線に沿うように短刀を弓矢みたいに構え、千和に突っ込んだ。
長刀で相手の間合いを詰め、相手が刀を避ける一瞬に長刀を引き、その勢いで逆の短刀を相手に突き刺す……が、それすら避けられてしまう。
「一刀……戦風扇」
皐月の切っ先を避けた千和に、すかさず信乃が片手で持った長刀を縦横無尽に切りつけたが、千和は全て避け、二人との間合いを離した。
皐月と信乃、二人が次の攻撃をしようと構えた時だった。
一瞬のうちに千和は信乃の間合いに入り、爪で服を引き裂いた。
「――っ!」
信乃は体勢を崩し、裂けた服を覆うように身を屈めた。
「信乃っ?」
皐月がそう叫ぶや、千和は信乃を集中的に襲いかかった。
「あああああああああああああああああっ!!」
ピチャピチャと体を引き裂かれた信乃は悲鳴を挙げる。
「信乃を放しなさい!」
皐月が間に入るが、千和は皐月を殴り飛ばした。
そして、信乃から離れるや、体勢を整えようとした皐月に飛びかかり、羽交い締めにする。
「は、放し……」
皐月がそう叫ぶや、千和は口を裂けるほどに大きく開けた。
その口は到底人間のものとは思えないもので、犬歯のような牙があった。
そして、皐月の腹部に噛み付き、裂いた。
「……………………」
声のない悲鳴を挙げ、皐月は意識を朦朧とさせる。
即死じゃないのは、彼女が摩訶迦羅の加護を受けている以外にも理由があるが……それでも瀕死の状態であることには変わりない。
「一刀……」
信乃がその空きをついて、千和に攻撃をしようとしたが、逆に再び襲いかかられた。
皐月は朦朧とする意識の中、信乃に襲いかかっている千和に取り憑いた犬神の様子にふと疑問を浮かばせていた。
皐月には致命傷になるほどのことをしているにも拘らず、信乃に対してはまるでそれを拒んでいるように見えたのだ。
そして……千和の形相を見た時、皐月は自分の目を疑った。
(泣いてる……?)
降り頻る雨で濡れているのだと、最初は思った。
しかし、千和の表情は徐々に恐れるように強ばっていき、まるで攻撃すること自体を躊躇っているようにも感じられる。
(まさか…… だけど…… もしそうだったとしたら……)
皐月は千和に取り憑いている青白い炎に心当たりがあった。
が、どうしてそうなったのかがわからなかった。
そして、一瞬だけ聞こえた鈴の音で、皐月は確信した。
(信乃……! その妖怪は…… その妖怪だけは――)
皐月がそう思った時だった。
千和の一瞬をつき、信乃が刀を降り下ろすや、千和に取り憑いていた青白い炎は逃げるように離れた。
「逃がすかぁああああっ!」
信乃がその炎を切り裂こうとした時、金属がぶつかる音が響いた。
「なぁにやってんのぉおおおおおおおお? 皐月ぃいいいいいいいい?」
突然のことで混乱しているのと、せっかく殺せると思った矢先に遮られてしまった信乃は怒りを露にする。
「はぁ…… はぁ…… はぁ…………」
信乃の攻撃を受け止めている皐月は、立っているのがやっとといった感じだ。
「早く妖怪を殺さなければ…… 取り返しのつかないことになるのよ?」
それは尤もなことだが、皐月はそれを頑なに拒んだ。
その行動がより信乃を苛立たせる。
「一体何だっていうのよ?」
「――殺しちゃダメ…… この子だけは…… 殺しちゃ……」
「何言ってるの? 殺してはいけない妖怪なんて……」
「千和さんに取り憑いていた犬神は! もしかしたら、あんたがずっと探していたユズかもしれないのよ?」
信乃がその言葉を押さえ込むように、皐月は叫んだ。
「な、何をふざけたことを云ってるのよ? ユズが妖怪な訳がないでしょ? だって…… だってあの時―― ………っ」
皐月の言葉を振り切るように、信乃は再び炎に切りかかろうとする。
「閻獄第十四条、人に取り憑き、執行人に事件のヒントを与えたものは、閻魔王が定めた猶予を与える!」
皐月がそう叫ぶや、どこからかおふだが現れ、青白い炎に貼り付いたが、そのおふだは燃えてしまい、灰とかしてしまった。
そして、炎は逃げるように消えた。
はい。必殺技(通常技含む)のオンパレードでしたが、全て実際に読める文字です。熟語ではなく、一つに対してのと思ってください。(二字熟語を改変したのもありますがw)燕とかいて燕と読めないこともないw