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姦~霊能三姉妹の怪奇事件簿~  作者: 乙丑
第十話:犬神(いぬがみ)
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伍・容喙

容喙ようかい[名](スル)くちばしを入れること。横から口出しをすること。差し出口。


 皐月が通っている福祠中学は、葉月が通っている福詞小学校と目と鼻の先くらいの場所にある。

 福詞中学の正門から道路を挟んだところに小さな駄菓子屋がポツンと建てられている。


「おばあちゃん、これいくら?」

 皐月は制服姿のまま、駄菓子屋へと入り、陣列されたお菓子からまるく作られたカステラが三つほど串に刺さったお菓子を手に取り、店主のおうなに見せた。

「あぁ、っとぉ…… 三十円じゃよ?」

 嫗にそう言われ、皐月は財布から云われた料金を渡した。

「――お茶はいるかい?」

「んっ? いいよ。これから出かけるところだから……」

 皐月は嫗が訊く前に、背中のうしろに置かれていたお茶一式が目に入っていた。

 嫗は店の前で小学生たちが屯うため、駄菓子を買ってもらうお礼に、お茶を無償で飲ましてくれている。

 今朝方、皐月のケータイに大宮巡査からのメールが入っており、斎藤武の屋敷に確認を取ったところ、了解を得たので、一緒に行けるという連絡を受けていた。

「ほうかい、これからデートかい?」

 嫗は朗らかな笑みを浮かべながら尋ねる。

「ち、違うって! ちょっと用事があるだけだって!」

 真っ赤になりながら、皐月は否定するが、亀の甲より年の功と言わんばかりに嫗はクスクスと笑を零した。

 それを見て、皐月は店の中だというのに、購入したお菓子を一口頬張った。

「んみゅぅ~~」と皐月は普段なら決して口にしない綻んだ声を挙げた時だった。

 店の前に見慣れない車が停まるや、運転手が降り、店の中に入ってきた。


「あれ、皐月ちゃん?」

 声をかけられ、皐月はそちらを振り向いた。

「あ、大宮巡査?」

「確か、買い食いは禁止されてるはずだけど?」

「あれ? なんでうちの校則知ってるの?」

「知ってるも何も、僕も同じ学校に通ってたからね。それに買い食いはどこの学校でも禁止にしてるでしょ?」

 そう云うや、大宮巡査は陣列されたお菓子を選び、それを嫗に見せた。


「ほう? 皐月ちゃんの待ち人はあんたじゃったか?」

「おばあちゃん、僕が最後に来た頃から全然変わってませんね?」

「当たり前じゃ。お前さんがそこの学校を卒業してから、まだ十年も経っとらんじゃろうが? 歳をとるとなぁ、時間が止まったようなもんになるんじゃよ」

 大宮巡査と話している嫗は、まるで昔馴染がきたかのように楽しそうに話をする。

「えっと…… 確かおばあちゃんって、九十歳超えてるんじゃなかったっけ?」

「へ? 確か僕がこの店に来てた時も九十歳って……」

 互いにそう云うや、皐月と大宮巡査は媼を見やった。

「ほぉ、ほほほっ! 老耄おいぼれの年齢なんぞ、誰も興味はないじゃろうよ?」

 実を言うと、この嫗の実年齢を知っている人間は少なく、また歳を出鱈目に云うため、それ以上ではないかと言われている。ハッキリとしない謎があるため、この駄菓子屋は子供たちのあいだでは『妖怪駄菓子屋』をもじって『妖菓子屋(ようかしや)』と云われていた。


 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


「いらっしゃいませ」

 斎藤武の屋敷に着いた皐月と大宮巡査を、使用人である堀内が対応する。

「彼女が電話で云った、黒川皐月さんです」

 大宮巡査にそう紹介され、皐月は堀内に頭を下げた。

「そうですか? ささ、奥様がお待ちしております」

 堀内が門を開けると、大宮巡査と皐月は屋敷の中へと入っていった。


「奥様? 大宮巡査とお連れの方がご到着しました」

 堀内は大広間の扉を二、三度叩き、ゆっくりとドアノブを引いた。

 広さは大凡十畳ほどあり、ソファと背の低い大きなテーブルが設置されている。

「あはは」

 その広さを見るや、皐月は呆気にとられたような声を挙げた。


「……四十九日の件ですが、うちの僧侶が仏の為にお教を読みます。遺族の方々はその後、会食という形となり――」

 耳があまり聞こえないため、あまり会話の内容は聞こえなかったが、皐月は声の方へと振り向いた。

 その声が余りに知っている人間の声だったからだ。

「し、信乃? なんであんたがここにいるの?」

 大声でそう云うや、千和と四十九日の事柄を決める段取りをしていた人物が気怠そうに皐月の方を見た。

「おじいちゃんが忙しいから、私が代わりに四十九日の段取りを訊きにきたの」

 信乃の実家はお寺であるため、葬儀屋から依頼を受けることがあるが、鳴狗家自体がその事業をしており、鳴狗寺の和尚がそれを生業にしている。


 皐月は大宮巡査を見やった。

「信乃と話してるのが殺された被害者の妻でしたっけ?」

 そう尋ねられ、大宮巡査は頷いた。

「そう。どうする? 事件当時のことを訊いてみるかい?」

 聞き返されたが、皐月は首を横に振った。

「今は話を聞けなさそうだし……」

 そう云うや、皐月は堀内を見やった。


 ふと、皐月はあることを思い出した。

「あ、アルコール反応はなかったの?」

 亡くなった時間が晩酌していた一時間後だとすれば、アルコールが残っていた可能性がある。

「それは種類にもよるんじゃないかな? すみませんがご主人が最後に飲んだお酒は?」

「確かワインでした。グラスで二杯ほど―― だんな様はちびちびと飲まれますので」

 堀内はそう答える。被害者と最後に会っているのは他でもない彼だけである。

「確か被害者は図体がデカかったから、大きく見積もって84キロくらいだから…… せいぜい二時間くらいでアルコールは抜けるんじゃないかな?」

「被害者が発見されたのは朝方だから、アルコールはすでに抜けてるってこと?」

 しかし被害者が亡くなった時間は、晩酌をしはじめてから2時間前後とされている。

 その間、使用人である堀内が部屋を出ていったあとも、主人が酒を飲んでいた可能性だってあるのだ。

「一応アルコール反応はあったよ。でも微かに残っている程度で、殆どなくなりかけていたそうだ」

 そうなるとやはり薬殺なのだろうかと皐月は思い、それに関しても尋ねた。

「いやそれに関しては反応はなかったそうだよ。やっぱり死因は急性心筋梗塞なんじゃないかな?」

 大宮巡査の言う通り、確かに検死結果ではそう出ているが、皐月はその部分がどうしても引っかかっていた。


「堀内さんが部屋を出ていったのは、確か亡くなった一時間前でしたよね?」

「ええ。明日も早く仕事をしなければいけませんので、お先に失礼しました」

「その時、ご主人はどのようなご様子だったんですか?」

「だんな様は部屋に飾られている掛け軸のことについて色々と酒の肴として話されておりました」

 皐月はそれを聞くや、大宮巡査ではなく信乃を見やった。

「信乃さんがどうかしたのかい?」

「いや、堀内さんは被害者を最後に見たとして、部屋を出たのを知ってる人はいないのかなって……」

「それでしたら、私たち使用人はそれぞれ二人ずつ部屋を設けられていますから、同部屋のものに確認を取ってくださっても構いません」

 それを聞いて、大宮巡査は誰なのかを訊ねに一、二分ほど確認を取りに一度広間を出ていった。


「堀内さんと同部屋の使用人の話だと、彼が部屋に戻ってきたのは午後十時―― あれ?」

 報告に戻ってきた大宮巡査がそう云うや、首を傾げる。

「ちょっと待って? 確か昨日阿弥陀警部から聞いた話だと、証明する人はいなかったはずじゃ?」

 困惑する二人を尻目に、束ねた紙をまとめるために、テーブルに落とす音が聞こえる。

 信乃が千和との打ち合わせを終えていた。

「使えている人間の証言なんて、信用する価値はないと思いますよ?」

 そう云われ、大宮巡査は信乃を見やった。

「それじゃ、私は一度祖父に連絡をしますから、一度席を外させていただきます」

 信乃は千和にそう告げると広間を出ていった。


「あ、そういえば、遺体が発見された時、扉の鍵は閉められていたんですよね? ご主人は普段から?」

「ええ。主人は寝る時は部屋の鍵全てを閉めるんです。扉や窓の鍵はもちろん、机の引き出しや箪笥の引き出しやら…… とにかくなんでも」

 そのマスターキーは主人だけしか持っていないことは、昨日神社で聞いていたが、その多さに、皐月は呆れてものが言えなかった。

 ドアだけでなく、部屋の窓、金庫、机や箪笥の引き出し、クローゼットと……

 とにかく仕舞えるところすべて鍵をしめていたのだという。

「大宮巡査? 被害者が自殺したという可能性は?」

「いや、それに関してはまったくもってないんだよ?」

 部屋の鍵は事実主人の部屋で見つかっているため、そう考えるのも仕方がないことだが、死因が心筋梗塞だとすれば、自他殺の判断は出来ない。


「あの、失礼ですけど…… トイレは?」

 皐月がそう尋ねると、堀内が廊下を出て、一つ先の曲がり角にあると告げるや、皐月は広間を出ていった。


「――信乃?」

 廊下に出るや、皐月は廊下ですれ違った信乃に声をかけた。

「千和だっけ? あのひと…… 何かに取り憑かれてるわよ?」

「やっぱり、和尚さんが忙しいっていうのは妄言ぼうげんだったの?」

 そう尋ねると信乃は首を横に振った。

「おじいちゃんが忙しいのは本当のこと。でもあんたの場合は依頼できたみたいだけどね?」

 そう聞き返され、皐月は顔を歪める。

「信乃はこのあとどうするの?」

 そう訊ねたが、信乃は答えず、大広間へと戻っていった。


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