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姦~霊能三姉妹の怪奇事件簿~  作者: 乙丑
第十話:犬神(いぬがみ)
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肆・叫喚


 事件発生から一両日経ったある日の午後。阿弥陀警部と大宮巡査は稲妻神社へとやってきていた。例によって葉月に霊視をしてもらうためである。

 ――ただ、今回に限っては死因も既に分かっているし、持病による心臓発作だろうと考えていたのだが、どうも突然死というのが納得いかなかったのだ。


 斎藤武の遺体を検死した結果では、死因は「急性心筋梗塞」として受理されたのだが、湖西主任はそれに関して納得がいっていないと、阿弥陀警部と大宮巡査は部下を通して聞いた。

 つまり湖西主任本人から直接聞いていないのだ。

 湖西主任はベテランの鑑識課主任である。その彼が納得していない死因ともなれば、さすがに訊くしかないと判断し、阿弥陀警部らは稲妻神社へとやって来たのだった。


「おや、葉月ちゃん…… また可愛らしいのを着てますね?」

 居間へと通された阿弥陀警部が葉月を見るや、そう言った。

 葉月が着ているのは法被(ハッピ)である。

「町内会長から町の夏祭りに子供神輿をするからって、試しに着せてみたんじゃがな?」

 拓蔵がそう云いながら葉月に目をやる。

「いやぁ、凄く似合ってて、可愛いですよ」

 大宮巡査がそう言うと、葉月は顔を背けた。

「あれ? 僕なんか失礼なこと云いましたっけ?」

 ちょうど軽く作った肴を持ってきた弥生にそう尋ねると、弥生は「それくらい自分で考えろ」と云わんばかりに小さく笑みを浮かべた。

 それを見て、大宮巡査は首を傾げた。


「それじゃ、お願いしますね」

 阿弥陀警部は斎藤武の遺体が写った写真を葉月に渡した。

 葉月は写真を卓袱台の上に置き、一,二回深呼吸するや、ゆっくりと目を閉じ、写真に手を翳し、摩り始めた。

 ゆっくりと時間が進む中、葉月の口元が微かに動いた。

「――犬……?」

 葉月がそう云うや、阿弥陀警部と大宮巡査は互いを見遣った。

「えっと…… お酒を飲んでて、それから寝る前に薬を飲んで……」

 葉月は写真からゆっくりと手を離す。それと同時にバタンと仰向けになって倒れた。


「葉月ちゃん、犬ってどういうこと?」

 大宮巡査が驚いた顔でそう訊ねる。

「――犬の鳴き声がした」

「確か、君の力は写真に写った死者が最後に聞いた音を聞けるんだったよね? でも、殺された斎藤武の家に犬はいなかったよ?」

 それを聞くや、葉月は驚いた表情を浮かべるが、霊視による披露の方が意識よりも勝っており、ゆっくりとまぶたを閉じながら眠りについた。

「犬がいなかったって? でも、葉月が霊視で失敗するなんてこと……」

 皐月がそう尋ねると、大宮巡査は慌てて弁明した。

「僕だって、君たちの力を間近に見てる立場だから信じているけど…… でも、本当に殺された斎藤武の家に犬はいなかったんだ」

「そういえば、前にも似たようなことなかった?」

 弥生がそう尋ねると、皐月は少しばかり思い出すと、

「確か…… 京本福介だっけ? でも、あれはちゃんといたじゃないの? 遺体がだけど」

 皐月と弥生は猫の遺体が発見される前に家を飛び出ていたので、直接見てはいないが、後日、話として聞いていたのだ。


「犬…… そういえば少し気になるものがありましたね?」

「気になるもの?」

 阿弥陀警部の言葉に拓蔵が問いかける。

「殺された斎藤武の部屋に狼が描かれた掛け軸が床の間に飾ってあったんですよ」

「確かに狼は犬種だけど…… でも、葉月が犬と狼の鳴き声を間違えるとは思えないし」

 皐月はそう言いながら、卓袱台に置かれている被害者の写真を手にとった。


「あれ? ねぇ、どうして被害者は舌を出してるの?」

 皐月がそう訊ねると、

「それは私たちの方も訊きたいんですけど。検死結果では急性心筋梗塞と判断されたようです」

 その言葉に拓蔵は少しばかり顔を歪めた。

「それは可笑しいじゃろ? 心筋梗塞というのは、云ってしまえば血管のどこかが何らかの形で塞がってしまい、血の流れが悪くなって、心臓が停止してしまうはずじゃが?」

「そうなんですよね。それだったら喉ではなく、心臓の方に手が行くはずですよね」

 阿弥陀警部もその部分に対して、納得がいっていなかった。


「湖西が判断ミスするとは思えんのじゃがな?」

 拓蔵は現役時代のころから湖西主任の仕事っぷりを知っている。

「それなんですけど、私たちは直接本人から聞いたわけではないので、詳しくはわからないんですよ」

 阿弥陀警部がそう説明する。

「被害者の遺体を発見したのは?」

「使用人の男性。堀内という人物です。朝、電話で起こそうとしたそうですが、すぐに反応がなく、心配になって部屋の前まで行って伺ったそうなんですが――」

「全く反応がなかった……と?」

 弥生の質問に大宮巡査は答えるように頷いた。

「それで心配になって、鍵を開けようとしたそうなんですが、鍵は誰も持っていないんですよ」

「つまり、死んだ本人しかその鍵を持っていない……?」

「それから死亡推定時間は午後十一時か日付が変わる午前〇時の間。その前の午後九時から使用人と一緒に晩酌をしていたそうです」

「――使用人が部屋を出ていったのは?」

「死亡推定の大凡一時間前。恐らく午後10時前後かと…… まぁ、それを証明する人間はいませんでしたけどね」

 阿弥陀警部は余りに証拠物件がないことを表情で語った。


「その使用人怪しいわね?」

「まぁ、最初私たちもそう思ったんですが、薬物反応はなかったそうなので、上はその線はないと判断したようですよ」

「――納得いっとらんじゃろ?」

 拓蔵がそう訊ねると、阿弥陀警部は頷いた。

「ええ。まったくもって…… 急性心筋梗塞は何かしら前触れがあるはずですし、持病もそれに伴ったものだと思ったんですけど……」

「心臓病ってことですか?」

 皐月がそう訊くと、阿弥陀警部は否定するように頭を振った。


「いや、全く別の病気でした」

「殺された斎藤武は、幼い頃から喘息を患っていたそうなんです。先日、通院している病院で確認を取りました」

 大宮巡査が説明する。

「今回の事件。警察側の判断はどうなんじゃ?」

「いやその部分は全く。殺人とも自殺とも断言出来ませんからね。心筋梗塞は前兆があるとはいえ、殆どが突然死に近いものですから」

 つまりそうなると自他殺の判断が出来ないということになる。


「あれ、皐月ちゃん、どうかしたのかい?」

 先程からジッと写真とにらめっこしている皐月に大宮巡査が声をかける。

「あ、いや…… なんか似たような妖怪がいたような気がして」

「やっぱり妖怪の仕業なのかい?」

「うぅーんっと…… 人に取り憑いて殺す妖怪なんてごまんといるし――」

「なんでもいいです。何か気がついたことがあれば」

 阿弥陀警部がそう急かすが、言われた早々に思い出せるものではない。


「もしかして、死んでから取り憑いたんじゃない?」

 弥生がとんでもないことを言い出す。

「弥生姉さん。いくらなんでもそれは――!」

 皐月は何かに気付くや、ジッと遺体を、特に口元を重点的に見つめた。


「大宮巡査っ! 阿弥陀警部っ! やっぱり葉月が云ったことは間違ってなんかない!」

 その言葉に言われた二人はキョトンとする。

「それは一体どういうことですか? だって現に犬はいなかったんですよ?」

「でも、もし犬じゃなかったら?」

 言葉の意味がわからず、阿弥陀警部と大宮巡査は首を傾げる。

「そりゃそうですよ。だって犬の鳴き声をしたのは殺された本人なんですから!」

「そりゃ一体どういう?」

 拓蔵も皐月の言葉に理解できなかったが、写真を見るや、その理由に気付く。


犬神(いぬがみ)……じゃな?」

「うん。心筋梗塞だと胸の痛みになるし、なにより鳴き声が聞こえたのは、それに取り憑かれたからだと思う」

 拓蔵が云った『犬神』という妖怪は、狐の霊が取り憑く『狐憑き』と同様のものとされている。

 取り憑かれた人間は伝来されている場所によって(こと)なるが、喜怒哀楽の激しい情緒不安定な人間に憑きやすい。

 犬神に憑かれると、胸の痛み、足や手の痛みを訴え、急に肩をゆすったり、犬のように吠えたりすると言われている。


 ――が、そう説明された阿弥陀警部と大宮巡査は顔を歪めた。

「しかし、訊いた話だと、そのような胸の痛みを訴える症状は今の今まで見られなかったそうですよ? それに、殺された斎藤武は情緒不安定ではなく、どちらかというと気丈な人物だったようです」

 それが本当だとすれば、犬神に憑かれるというのは考えられ難い。

「阿弥陀警部? 今度皐月を現場に連れていってくれんかの?」

「ええ。別にそれは構いませんが……」

 阿弥陀警部は拓蔵の申し立てを二つ返事で了解するが、

「どうかしたのか?」

 余りにも早い決断に、拓蔵は違和感を感じ、それについて訊ねた。

「いや、実は先日、母方の伯父が亡くなってしまって、その通夜が今日の夜からなんですよ。で、色々と準備もあるので、夕方の便に乗らないと間に合わないんです」

 それはいったいどこで?と弥生が尋ねると、熊本の方だと阿弥陀警部は答えた。

「東京から熊本となると、二時間前後か……」

 壁に掛けられた時計を見やると、時刻は午後四時になろうとしている。

「ええ。それに有給を二日ほど頂いているので、観光も兼ねていこうかなと。そういうことですから、大宮くんと一緒に行ってくれますかね?」

 皐月はそう云われ、了承するように頷いた。


「それじゃ、先方にはこちらから連絡しておきます。多分明日の朝、そちらに連絡しますから――」

「あ、でも明日学校……」

「それじゃ学校が終わったら僕の携帯に連絡して。すぐに行きたいだろうから、校門前にするかい?」

 そう云われ、皐月は携帯の番号とメアドを交換した

「いや、学校の近くに小さな駄菓子屋があるから、そこで――」

 皐月が場所の指定をする。大宮巡査はわかったと、なんの疑いも持たずに了解し、そのまま阿弥陀警部を羽田空港まで送っていった。


 ――送ったあと、大宮巡査が警視庁についたのは、ちょうど午後六時になろうとしていたころであった。


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