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姦~霊能三姉妹の怪奇事件簿~  作者: 乙丑
第十話:犬神(いぬがみ)
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参・梗塞


 皐月と信乃が勝負をした三日後の朝である。

 山奥にある小さな屋敷に四台のパトカーが門前の前で停っていた。

「阿弥陀警部。被害者は『斎藤武(さいとういさむ)』七二歳の男性。この屋敷の主人のようです」

 大宮巡査が遺族に確認を取り、それを門の前で煙草を吸っていた阿弥陀警部に報告する。

「死体の第一発見者は?」

「この屋敷の使用人です。彼は昨晩主人と一緒に晩酌を交わした後、部屋を出ていき、自分の部屋で休んだそうです」

 報告を聞くや、阿弥陀警部は携帯灰皿で煙草の火を押し消し、臭い消し用のガムを口に含んだ。

「んぅにぃしぃてぇもぉ……、めぇんどぉうでぇすねぇ、にぃちにぃちにぃおいをぉ消さないとうぃげぇなぁいのぁは」

 グチャグチャとガムを噛みながら、阿弥陀警部は愚痴を零す。

「それだったら、煙草吸わなきゃいいじゃないですか。年齢と後々のことを考えたら」

「まぁ、これでも昔に比べて本数減らしたんですよ」

 阿弥陀警部がそういうや、大宮巡査は「昔はどれくらい吸ってたんですか?」と尋ねた。

「たしか…… 一日に余裕で四箱くらいなくなってましたっけかね?」

 それを聞くや、大宮巡査は呆れてものが言えなかった。

 ヘビースモーカーと言われている人の平均本数は約二箱(四十本)前後と言われているため、その倍は吸っているということである。それでよく肺癌にならないものだと大宮巡査は思った。

「よし、臭いが消えてますかね?」

 阿弥陀警部は口元を両手で隠し、息を吐き臭いをかいた。

 自分の鼻ではわかりにくいため、大宮巡査にも確認を取ってもらう。

「ええ。ちょっと違う臭いがしましたけど。まぁ気にならない程度だと思いますよ」

 大宮巡査にそう言われ、阿弥陀警部は門を潜り、屋敷の中へと入った。


 主人の部屋に案内された二人は死体に手を合わせた。

 死体は白目を剥き出しており、手を喉元に近付けている。

 口は裂けるように大きく開かれており、舌が口から食み出でていた。


「奥さん。主人は何時頃から部屋に?」

 阿弥陀警部がそう訊ねると、女性――斎藤千和(ちより)は少しばかり考えるや、

「確か昨日の夜九時くらいだったと思います。使用人の堀内さんと一緒に部屋で晩酌をするといって」

 千和は視線を使用人の男性に向けた。

「ええ。だんな様が珍しい酒を手に入れたとおっしゃったので――」

 ここで飲めばいいのにですか?と大宮巡査が千和に訊ねる。

「主人は珍しい酒を手に入れますと、自分の部屋に直すんです。そして気分がいいときに、私や使用人の方々と一緒になって飲むようにしていました」

「そして昨晩、晩酌の相手をしたのが堀内さん……あなただったと?」

 阿弥陀警部が堀内に訊ねると堀内は素直に頷いた。

「昨晩、私はだんな様の部屋で晩酌を付き合っておりました。気分が良くなったので、薬を飲んでから寝ると言いまして――」

「薬? どこか悪かったんですか?」

 大宮巡査の問いかけに持病の喘息持ちだったと千和は云った。

「一応担当医師に確認を取りますから、通院している病院の連絡先を教えてくれませんかね?」

 阿弥陀警部がそうお願いすると、千和は視線を堀内に移すや、何も言わず、堀内はスッと部屋を出ていった。

「ほう、以心伝心ですかな?」

「いいえ、話の内容を聞けば、何を持ってくるかわかるはずですわ」

 千和の言う通り、戻ってきた堀内は小さな電話帳を持ってきた。

 その中に病院名が書かれており、それが被害者が通院していた病院だと阿弥陀警部らは教えられる。


「――あれ?」

 大宮巡査が床の間に飾ってある掛け軸を見るや声を挙げた。

「どうかしたんですかな?」

「いや、狼ですかね?」

 そう云われ、阿弥陀警部も掛け軸を見遣る。掛け軸には合計して八匹の狼が描かれていた。

「すみません奥さん。この掛け軸は?」

「それは確か主人が購入したもので、有名な画家が描いたものらしいですわ」

 千和はそう云うが、大宮巡査は釈然としない表情を浮かべた。

「この絵がどうかしたんですかな?」

「いや、何かどこかで見た感じがするんですよね」

 阿弥陀警部が「どこで?」と訊ねるが、大宮巡査は場所ではなく、雰囲気だと答えた。


 床の間に飾ってある掛け軸には、七匹の狼がたむろしており、見た感じには楽しそうな雰囲気があるが、その絵の奥に、一匹の狼が群れをジッと眺めているという構図である。

 大宮巡査はその狼が『自分も仲間に入りたい』というよりも、『入りたくても入れない、いや入ってはいけない』といった、物悲しいものに見えていた。

「主人はこの絵をたいそう気に入ってまして、よく自慢話をしていたんですよ」

「ほう、一体どんな?」

 阿弥陀警部が千和から掛け軸の話を聞いている中、大宮巡査はジッとひとりぽっちの狼を見ていた。


「どうかしたんですか?」

 堀内に声をかけられ、大宮巡査はそちらに振り返った。

「いや…… どうして一緒にいるのかなって、普通狼は一匹で行動するのに」

「それはだんな様も仰っていましたが、どうもその認識は違うようですよ。狼は団体行動がほとんどらしいですからね」

 何故、狼が一匹で行動するものだと言われているのかは諸説あるが、仲間に危険や狩りの開始を知らせるためにする遠吠えが、どこか物悲しそうに聞こえるからという説がある。

「仲間はずれになっている狼は見た目しっかりしてますけど、どこか表情が暗いでしょ?」

 大宮巡査もそこに引っ掛かっていた。孤独な狼は群れをなしている狼たちとさほど変わらないが、ジッと遠くから、それこそ近くにいるはずなのに、まるで手が届きそうで届かないところにいるような、そんな雰囲気があった。


「それじゃ、遺体はこのまま検死に回しますが?」

「ええ。主人がどうして死んでしまったのか、調べていただけないでしょうか?」

 遺体は鑑識によって、警視庁へと運ばれていった。


「どうかしたんですか?」

 屋敷から警視庁へと戻る道中、大宮巡査が運転する車の中で阿弥陀警部は尋ねた。

「えっと? 何がですか?」

「いや、あの掛け軸を見てから、何か様子が可笑しいと思ったんでね?」

 そう云われ、大宮巡査は少しばかり遠くを眺めた。

「阿弥陀警部は……鳴狗信乃という、皐月ちゃんと同じくらいの子を知ってますか?」

「ええ。鳴狗というと、そこから見える鳴狗寺の事ですし、信乃さんはここらへんでも結構剣道の腕はいいことで有名ですからね。皐月さんと同じかそれ以上かと―― で、信乃さんがどうかしたんですか?」

 阿弥陀警部が聞き返すや、大宮巡査は車を一時停止させた。ちょうど信号が赤に変わっていたからである。


「――似てたんですよ。あの絵に描かれていた狼が、彼女に……」

 阿弥陀警部は掛け軸を翼々見ていないのであまり覚えていないが、信乃が三姉妹と同様に執行人であることは知っており、三姉妹とは違うからかと訊くと、そうではないと大宮巡査は答えた。

「以前、瀧瀬晋平のコテージで彼女に会ったことがあるんです。その時、瀧原希空の飼い犬が、危険を察知して、信乃さんに噛み付こうとしたんですけど、彼女はそれを振り払って、刀で切ろうとしたんです。でも――まるで拒んだかのように切らなかった」

「――大宮くんは警察官になって、何年くらいになりますかね?」

 話を変えるように阿弥陀警部がそう尋ねる。

「えっ? っと…… 三年くらいになります」

 それを聞くや、阿弥陀警部はため息をついた。


「これは警視庁の中でも限られた人間、特に警視以上の人間しか知らないことなんですけどね。――四年前、この街で通り魔事件があったんですよ」

「通り魔? でも、通り魔なんてありふれた事件じゃないですか?」

「いいえ、通り魔と言っても、すれ違いに包丁で相手を切ったり、暴行を与えたりする方じゃないんですよ」

 釈然としない雰囲気の中、再び車は走り出した。


「――バラバラになってるんですよ。まるで食い荒らされたかのようにね――」

 大宮巡査はその言葉に驚き、危うくブレーキをかけそうになった。

「しかもその殆どが住宅街の路地裏だった。人は襲われれば否応なしに悲鳴や抵抗をするでしょう。ですがまったくもって誰も気付かなかった。特に夕方なんて少なくとも、家に人がいても可笑しくない時間帯でしょ? それなのに誰一人気付いた人間はいなかったし、目撃証言も殆どなかった。私たち警官は死体が発見されてから漸く事件を知るくらいなんですよ」

 それが極秘とされ、恐怖となっていた。

「ただ四年前、ある日を堺にピタッとなくなったんですよ。犯人が捕まらずにね」

 つまりは未解決なのだが、まったく犯人を示す証拠が何一つ見つからなかった。

 そのため現在捜査は凍結状態になっていると阿弥陀警部は話した。


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