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姦~霊能三姉妹の怪奇事件簿~  作者: 乙丑
第十話:犬神(いぬがみ)
74/234

弐・卑怯者


「一同、礼っ!」

 皐月が通っている福祠中学のとある一角に、剣道や柔道、空手等々の部活動が使用している武道館がある。

 その片隅に赤で囲まれた四角形があり、中には五人一組の女生徒が向かい合って頭を下げ、自分たちの場へと戻っていく。

 今から行われるのは当校の剣道部と、学校から数百(メートル)ほど離れている福祠北中学剣道部による練習試合である。

「先鋒、前へ」

 審判を務める剣道部の生徒がそう告げるや、両チームの先鋒が面を着け、それぞれ中心位置へと歩み寄った。

 互いに礼をし、竹刀を手にとり構える。

 一人は平均的な長さの竹刀だが、もう片方は規定ギリギリと云っていいほどに長い竹刀であった。


「ほらっ! もう始まってるわよ」

 そう云いながら、飯塚萌音は皐月の左手を引っ張りながら走っていた。

「ちょ、ちょっと…… ()かさないでよ! まだむこうが来てからそんなに経ってないでしょ? 防具とか、竹刀の手入れとか……」

 皐月があーだこーだ云ったところで、友人の足取りが止まるわけがなく、剣道部が試合をしている部屋へと入った。

「あいたっ!」

 ドアの縁に右手がぶつかり、皐月は痛みで顔を歪める。皐月の右手には包帯が巻かれていた。


 公開練習も兼ねた試合のため、ほかにも見学者が部屋の中に入っている。

「めぇええええんっ!!」

 バシンッ!という劈く音が部屋の中に響きわたり、審判が「一本っ!」と宣告するや、歓声が挙がる。

 負けた選手は面を脱ぐと、自分のチームへと戻っていく。

(えっと…… 時間的にまだ先鋒か次鋒戦よね?)

 皐月は壁に貼られた選手表を眺めた。選手表には試合の勝敗が記されており、それを見るや、皐月は声を荒らげた。


 以下がその経過表である。(先が福祠北中の選手。後が福祠中の剣道部)


 先鋒 ○   × 先鋒

        × 次鋒

        × 中堅

        × 副将


 ――――という結果である。

 本来、剣道における団体戦では、それぞれに位置する選手同士が試合を行い、三勝以上した方の勝ちというルールである。

 そのため、上記のような勝ち抜き戦という形にはならない。

 皐月は福祠北側の方を見やるや、先鋒以外の選手たちは余裕綽々(よゆうしゃくしゃく)と云わんばかりにノンビリとしている。

 誰一人、試合に見向きもしていなかった。

「ねぇ、一体どういうことなの?」

 皐月は近くにいた剣道部部員に尋ねた。

「それがね、先鋒の子が自分だけで十分だって云って…… それを聞いたみんな頭にきちゃって、その子の申し出を承諾しちゃったのよ」

 部員は呆れた顔で言うが、その先鋒の腕前を間近に見て、実力はあると判断していた。

「それにしても、長い竹刀ね? 前にあんたの竹刀持たせてもらったことあるけど、長さが違うだけで、全然違うんでしょ?」

 萌音がそう云うや、皐月は顔を歪める。それを見た萌音はなにごとかと首を傾げた。


「――っ! 一本っ!」

 審判がそう告げると、周りから歓声が挙がった。

「くぅそぉおおおおっ!」

 最後の砦である大将を務めた選手が悔しさを露にするように叫んだ。

「これにて、当校の全敗とします」

 審判がそう云うや、福祠中の剣道部員全員が悔しさを露にしながら、中心へと歩み寄った。

「ちょっと待って…… あと一人いるんじゃない?」

 全勝した福祠北中の先鋒がそう云うや、全員が目を点にした。

「な、何を云ってんの? もう全員出たわよ」

 福祠中の剣道部大将がそう云うが、少女は視線を違う方へと向けていた。

「確か剣道部にスカウトされてるくせに、未だに入ろうとしてない馬鹿がいたわね」

 少女は面を脱ぎながら、皐月に言った。

「言っとくけど、私は部長の金門先輩から剣道の基本を教えてもらっただけで後は殆ど我流同然なのよ」

 皐月が嫌そうな顔を浮かべた。福祠北中の先鋒が信乃だったからである。


「でも、これより全然強いでしょ?」

「ちょ、ちょっと。これって何よ?」

 信乃から罵声を受けた福祠中学の剣道部員達は声を荒らげる。

「――全員、秒殺されたくせに?」

 事実を云われ、部員たちは口篭った。

「ちょっと待って。私、常に竹刀を持ってるわけじゃないのよ」

「それじゃ、借りればいいでしょ? 私も防具脱ぐから」

 そう云うや、信乃は防着を脱ぎ、袴姿になった。

「ほら、条件は一緒――」

 確かに防具を着けていない皐月に対して条件は同じである。

「わかった…… でも、ルールも何もないわよ?」

 皐月はそう云うや、中心へと歩み寄った。

「だ、大丈夫なの? あなた」

 福祠中の剣道部員が皐月に声を掛ける。

「みなさんもこのバカには早く帰って欲しいって思ってるでしょう?」

 皐月は呆れながら、竹刀を左手にもち構えた。


「りょ、両者前へ!」

 審判がそう告げると、皐月と信乃は中心の線へと歩み寄り、互いに礼をする。

 信乃は竹刀を両手に持ち、上段に構え、皐月は左片手に竹刀を持ち、下段に構える。

「皐月? 今日は二刀じゃなくて、一刀よね? まさか二刀しかやらないから、持ちかた忘れた?」

 信乃がそう尋ねると、皐月は右手を見せ、巻かれていた包帯を解いた。

 右手小指が真っ赤に腫れあがっている。

「昨日、寝ぼけてぶつけちゃってね…… 全治三日って云われた」

 そう云うや、包帯を巻き直し、竹刀を再び左手で持った。

「そう。それは災難だったわね」

 信乃は申し訳なさそうな声で云った。

「それでは、両者――はじめっ!」

 審判が宣告すると同時に竹刀どうしがぶつかる音が大きく響いた。


「いきなり相手の弱味につけこむのはどうかと思うわよ? 信乃ぉっ……」

 皐月は顔を少し歪め、信乃に言った。

「それを悠々と受け止めといて、よく言うわ――」

 信乃の竹刀は皐月の右側に打ち込まれており、それを皐月は竹刀を一瞬のうちに逆手持ちにして受け止めていた。

「相手の弱味につけ込むのは――勝負としてもっとも必要なものでしょ」

 信乃は竹刀を構え直すや、皐月の顔面めがけて、竹刀を突いた。

 皐月はそれを顔面ギリギリで避け、横一文字に切りかかるが、皐月は顔を歪める。竹刀が掠っただけで判定にはならなかった。

「あんたの規定ギリギリの竹刀…… 反則じゃないの?」

 皐月は竹刀を間合いを保ちながら信乃に尋ねた。


 中学生の場合、長刀の長さの多くは三尺七寸(さぶなな)(百十二(センチ))とされている。

 それよりも長くならないように調整されているものなのだが、規定では百十四糎以下までとなっており、信乃の長刀は規定ギリギリの長さであった。

 規定ギリギリの長刀と信乃の足捌きによって、福祠中の剣道部員は全員負けたのだ。

 卑怯と思われるが長さは規定内のものなので文句が言えなかった。

 因みに皐月の二刀流はルール上存在するもので反則にはならない。

 ただし、珍しいことには変わりないので否応なしに注目されてしまう。


「せぇえっい!」

 信乃が皐月の頭目掛けて竹刀を降り下ろすが、紙一重のところで皐月は避けていく。

 一方的に攻撃する信乃に対して、皐月は攻撃する姿勢を見せない。

 「あっ」と皐月が声を挙げ、自分の踵を一瞥した。

 踵は赤い線ギリギリのところまで踏み入れており、さらには角の隅であった。

 要するに逃げ場がなくなったということである。

「もぉうらぁったっあああああああああああっ!」

 信乃は一気に勝負をつけようと、皐月目掛けて、竹刀を横一文字に振った。

 逃げ場のない皐月が負けたと、誰もがそう思った。


 ――――が……

 信乃が放った竹刀の軌道は、ただただ虚空を切っただけだった。

「――えっ?」

 信乃が小さく呆気に取られた声を挙げるや、自分の視界を疑った。

 信乃の視線の先には赤いテープと床しか映っておらず、皐月の姿はどこにもない。

 それに気付くと背中から腹へと貫いたような痛みと同時に、視界はグワンと天井へと動き、背中に衝撃が走った。

「っつぅ……っ!」

 信乃は皐月が足払いで自分を転がしたのだと、瞬時に理解する。

「あんた…… 本当だったら許されないわよ?」

「先に云ったでしょ。ルールなんてないって……」

 信乃の眼前に竹刀を突きつけ、皐月は「はい、おしまい」と告げた。


「あ、試合は私の負けでいいから」

 皐月は審判にそう言うや、借りていた竹刀を元の持ち主に返した。

 あまりに一瞬だった出来事に、呆気にとられている周りの生徒たちの視線を横目に、皐月は武道館を出ていった。

「ちょ、ちょっと、皐月ぃ?」

 ハッと気付くや、萌音は皐月の後を追うように出ていった。


「な、何よぉあの子おおおおおおおおおっ!」

 福祠北中の剣道部員が声を荒らげている。

「だ、大丈夫? 鳴狗さん」

「ひっどいことするわねぇ?」

 皐月が部屋を出たあと、彼女に対して剣道部員はブーイングする。

「やめて…… 結局負けたのは私だから」

「はぁっ? 何言ってるのよ? あの子はズルしたのよ。本来足払いなんて許されることじゃないでしょ」

「先にルールはないって言ってたし、私もそれに了承した。――それで負けたんだから文句は言えない」

 信乃はそう言うと、審判を務めた剣道部員と福祠中の剣道部員に深々と頭を下げた。

「先生。私、バスに戻ってますね」

 福詞北中剣道部の顧問にそう云うや、信乃は一人教室を出ていった。


(あの時、角に追い込んで勝負は決まったと思った。でも、皐月の足が動く音も気配もしなかった――)

 信乃は自分でも、あの時が絶好の好機(チャンス)だと思っていた。だからこそ勝負に出たのだ。

 横一文字ならば、逃げられないと思ったからである。

 にも拘らず、皐月にうしろを取られ、(あまつさ)え一刀を食らっている。

 皐月は足払いをしたのではなく、信乃の背中を強く打って、足を宙に浮かせたのだ。

 態と足払いしたように見せかけて――――

 あまりに一瞬だったため、信乃以外、誰もそのことに気付かなかった。


「くぅそぉっ!」

 ドンッ!と大きな音が誰もいない廊下に響きわたった。

 信乃が廊下の壁を殴ったのだ。

 信乃は勝負に勝ったとは夢にも思っていない。

 かと言って負けたとも思っていない。

 ハッキリとしない自分の中での勝敗が歯痒かった。

(今日は皐月が不利だからこそ、勝てたはずなのに……)

 皐月が万全の状態だったらと思えば思うほど、余計に信乃は苛立ちを隠せないでいた。

 先程叩かれた廊下の壁には小さなヘコミが作られていた。


さて、皐月と信乃の関係上、どうしても入れたかった剣闘シーンです。なお、皐月は長刀よりもむしろ短刀の方が使い勝手がよかったりします。(第一話参照)

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