漆・神獄
事件解決から三日後。稲妻神社の本殿に気合の入った声がこだましていた。――その声の主は皐月である。
「――精がでますな?」
阿弥陀警部が土産に買って来たタイヤキの入った紙袋を持って本殿へと入ってきた。
「しかし、あれだけ傷ついていた右腕がたった数日で治るとは……いやはや、大黒天の力は伊達じゃないですね?」
「別にあっちが勘違いしてくれたからですよ?」
その言葉に阿弥陀警部は首を傾げた。
「あっちが二天一刀の意味を知っていたらどうなっていたか……」
そう言うと、皐月は完治した右手に持っていた竹刀を大黒の力で刀に変え、用意された巻き藁を切り落とした。
ぼとぼとと崩れ落とされていく藁の塊の切り口は研ぎ澄まされた真剣で斬ったように、刃先には刃毀れはおろか藁の引っ掛かりもなかった。
「――うんっ! 完治している」
そう言うや、皐月は阿弥陀警部を一瞥した。
「――私、今日は皆さんに事件協力の礼に来ただけなんですけど?」
そうは言うが、阿弥陀警部は足の指先で床を踏みしめていた。
「――本物の刀は駄目ですよ? 銃刀法違反ですから……」
阿弥陀警部はそう言うと壁に掛けられた竹刀を一本取り構えた刹那……竹刀の乾いた音が本殿に響き渡った。
「それで大石誠二の死体は?」
「皐月さんの推測通りでしたよ。大石誠二本人の死体はご本人の部屋にありました。それも綺麗な姿でね」
「舞首は生霊の類ですからね。自分がその人を憎悪していたら、意思とは関係無しに変貌しますから……」
「大石誠二の死因は心臓発作……もともと体が弱かったようです」
「それじゃ……無理が集ったって事ですか?」
「そうでしょうね。皐月さんが聞いた理由を考えると……」
そう会話していくうちに、二人の竹刀の音が小さくなっていく。
「――何か考え事でも?」
阿弥陀警部がそう訊ねると、「伝えたいなら自分の口で言えばいいのになって思って」
そう言いながら、皐月は複雑な表情を浮かべた。
その後、弥生に呼ばれた二人は居間で土産のタイヤキをものの数分で平らげてしまった。
周りから水が落ちる音が聞こえてくる。
その中を手枷をはめた一人の囚人が、獄卒に引き摺りまわされていた。
「――御苦労」
天まで届くほどの高い扉の前に立っている番の鬼がそう言うと、「弥生殿と皐月殿からの伝令だ……」
そう言うや、大きな扉はゆっくりと開いていく。
「お前を裁判に出す前に会わせてやってほしいとな」
大石誠二は動揺を隠せないでいた。
扉の先には自らが殺した兄――誠の姿があったからだ。
「――兄貴?」
「誠二――か?」
静かに誠がそう言うと、誠二はその場に跪いた。
「ごめんなさい……ごめんなさい……」
誠二が大粒の涙を赫々に染まった地面へと落としていく。
「謝らなければいけないのはオレの方なのにな。お前は自分の実力で受けようとしていたのに……」
誠は静かに天を仰いだ。
「あんなに頑張ったのに無駄にしてしまって……おれは殺されて当然のことをしてしまった」
「兄貴……」
兄弟の会話に二人の獄卒が小さく微笑んだ。
「彼女達に感謝するんだな。本当だったら巡り逢う事など出来ないのだから……」
獄卒がそう言うと兄弟は頷いた。
兄弟がその後互いの罪を償い、露世に転生したのかは定かではない。
*はい。第一話終了です。*