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姦~霊能三姉妹の怪奇事件簿~  作者: 乙丑
第九話:女化稲荷(おなばけいなり)
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伍・寿留女

寿留女(するめ):するめいかの干物。不時に備える保存食であり、長持ちするという事から、「花嫁が永く、その家に留まっていられますように」、「幾久しく幸せな家庭を築くように」という願いが込められています。結納時には、奇数枚を包みます。


 披露宴も終わりに近付き、ゾロゾロと来客たちは会場の外へと出ていく。

 拓蔵と三姉妹、瑠璃と脱衣婆は外で待っていた使用人から、一掴みの米が包まれた袋を渡さた。

 それを手に取るや、瑠璃は不思議そうに袋を見つめていた。

 弥生がライスシャワーにつかうものだと説明する。

 ライスシャワーはその言葉通り、「お米」を新郎新婦に目掛けて上空から降らす演出である。

「お米には繁栄と豊穣の意味があり、ふたりが末永く豊かに暮らし、子宝にも恵まれるように…… という意味があるんじゃよ」

 葉月が不思議そうに『ライスシャワー』の意味を訊くので、それを拓蔵が答える。

「まぁ、白狐は稲荷神とも言われていますからね。農業の神としての習わしでしょう」

 瑠璃は白狐として説明したのだろうが、人間がそこまで深く考えているはずがない。

「――どうかしたんですか?」

 弥生に声をかけられた瑠璃が振り返る。

「このまま…… 何事もなければいいんですけどね」

 その言葉に、三姉妹は首を傾げた。

「お、出てきた――」

 誰かがそう言うや、全員が入口の方を見た。

 出てきた樹里と美咲がゆっくりと皆のところへと歩いていく。

 ふと見た二人の表情が幸せそうだったことから、(末永く幸せであって欲しい)と皐月は心から祝った。

 何時の日か、自分たち姉妹にも好きな人が出来て、やがては結婚し、子供が出来る。

 当たり前ではないが、それくらいちっぽけな夢を想像してもいい。

 ――にも拘らず、何故かそれが叶わないと脳裏をかすった。


「どうかしたのですか?」

 隣にいた瑠璃にそう云われ、皐月はそちらを見た。

「――いいえ…… 樹里さんと美咲さんには、たとえどんな形であっても、幸せでいて欲しいなって」

 瑠璃もそれに関しては同意だった。


 突然拓蔵のケータイが鳴り出した。

「爺様。マナーモードにしといてって……」

「ああ、すまんな―― 阿弥陀くんから?」

 ケータイの受信を見るや、拓蔵は首を傾げる。

「はいもしもし? ああ……」

 電話に出た拓蔵の表情は徐々に強ばっていく。

「うむ、わかった…… そっちも細心の注意をはらっておいてくれ」

 そう云うや、拓蔵は電話を終えた。

「阿弥陀警部が…… なんて?」

 弥生がそう尋ねると、拓蔵は来客を見渡した。

「阿弥陀くんからの連絡では、一時間前にこの近くにある宝石店で強盗殺人があったそうなんじゃよ。その犯人は現在逃亡中。近くに潜んでいる危険性もあるので重々注意するようにとのことじゃ」

「――殺害方法は?」と瑠璃が尋ねる。

「拳銃で一発、頭を……」

 つまりは即死である。

「にしてはこういう場所って、結構入り込みやすいんじゃない?」

 脱衣婆の言葉に瑠璃が真意を尋ねる。

「だって、気持ちが高ぶっている絶好の瞬間に『誰が増えている』なんて考えないでしょ?」

 そう云われ、瑠璃と三姉妹は来客たちを見渡した。


「わっかんないや……」

 葉月が愚痴を零す。

「あたしたちを入れて一応四十人ほどの来客らしいけど、増減の確認は難しいわね」

 弥生も愚痴をこぼしたくてそう言った。

 薄暗い披露宴の中では誰が誰なのかわからないし、何より今ここで水を差すようなことをするのは樹里と美咲に失礼だと判断した。

「それじゃ、犯人が近くに潜んでいるかもしれないってのは、自分たちだけのことでいいですね」

 瑠璃にそう言われ、三姉妹と拓蔵は頷いた。


「狐たちはさっさと終われって顔してるけどね」

「云われてみれば確かに…… 飽きたみたいですね」

 瑠璃と脱衣婆が言うように、人に化けた妖狐たちは頻りに欠伸をしている。

 二人の門出を見送るのも、結婚式のしきたりと云えばそうなるのだが、もともと祝ってなどいない彼らからすれば、小一時間で十分飽きが来ていた。


 そんなことを露知らずか、樹里と美咲は来客たちの間をゆっくりと通っていき、来客らはその時にライスシャワーをする。

 態々袋に包んでいるのは、片付けやすくするためである。

 二人の門出を祝う声が彼方此方あちこちから聞こえ、式を終えようとしていた時だった。


「お、お待ちくださいお客様っ!」

 式場の方から声が聞こえ、何人かが其方へと視線を送った。

「ええい、あんの馬鹿息子は何処をほっつき歩いておるのだ?」

 少しばかり歳をとった男性の苛立った声が聞こえてくる。

「今日は大切な結婚式だというに、花嫁を待たせるとは、何たる無礼だ」

 気になった拓蔵が男性の方へと歩み寄り、内容を訪ねた。


「ああ、すみません。少しばかり倅が遅れておりまして」

 話してみるや、案外人当たりのいい男性である。苛立ってはいるものの、周りに怒りを撒き散らそうとはしていない。

「息子さんがですか? それはおめでたいことで」

「ええ。めでたいんですけどね? 倅が来ないものですから、式の開始が滞っているんですよ。他に結婚式をあげる方々もいらっしゃるだろうし、これ以上時間を遅らせることは出来ないんです」

 拓蔵が式の開始時間はと尋ねるや、男性は午後一時からと答えた。

「午後一時からって―― もう遅刻とかで済まされるような時間じゃないんじゃ?」

 皐月が腕時計を見ながら云う。時刻は現在午後四時になろうとしている。


「ええ。だからこうやって電話で連絡を取ろうとしてるんですが、捕まらないんです」

「息子さんの特徴は? 知り合いに尋ねてみましょうか?」

 拓蔵がそう言うと、男性はキョトンとする。

「じ、爺様…… 別に事件に巻き込まれているとかはまだわからないんでしょ?」

「そうですよ。人探しとはいえ、私用で警察を使うのは御法度では?」

 葉月と瑠璃にそう云われ、拓蔵は少しばかりケータイを睨みつけた。


「け、警察の方なんですか?」

「え? ええ、元、ですけどね……」

 男性が異様に焦った表情を浮かべたので拓蔵は首を傾げた。

「警察に知られたくないことでもあるんですか?」

 皐月がそう尋ねると、男性は頭を赤くする。

「こ、この子は一体何を聞いているんだ? そ、そんなことはない……」

 語尾が少しばかりトーンダウンしていたのを拓蔵らが聞き逃す訳がない。

「知られたくないことがあるのなら、それで結構。ですが、これだけ来るのが遅れているとなると、遅刻どころの問題ではないのでは?」

 拓蔵の云う通り、式の開始予定時間を三時間も遅れている。準備等を視野に入れると、午後一時から少なくとも一、二時間前には式場に来ていなければいけない。


「すみません。倅を探してみてくれませんか?」

 男性は説得に折れ、拓蔵にお願いをした。

「ええ。ちょっと待っててください。今かけてみますから」

 そう云いながら、拓蔵はケータイで阿弥陀警部に連絡をした。

「ああ、もしもし、仕事中すまんな? 阿弥陀くん? あんた今何処におるんじゃ?」

(先程連絡したとおり、襲われた宝石店の現場をみてますが?)

「そうか? 調べるのは若いモンに頼んで、少しばかり席外せんかのう?」

(いくら神主さんのお願いでも、公私混同は駄目だと思いますが?)

「まぁ、そこは少しばかり折れてくれんかの?」

 拓蔵が少しばかり猫撫で声を挙げた。

(はぁ…… 一応訪ねますが、一体何ですか?)

「実はな、人を探して欲しいんじゃよ?」

 拓蔵はそう云うや、男性の方を見た。

「そういえば、息子さんの特徴を訊いておりませんでしたな?」

 そう云われ、男性は、

「息子は二六歳でして、身長は百七十いってませんし、少しばかり太ってます。髪はさっぱりとしております。ただ、目が非常に悪く、眼鏡をかけてまして、左手に小さな痣があるんです」と説明した。


(――あれ?)

 皐月は男性から聞いた話に思いあたりがあった。

「皐月お姉ちゃん、どうかしたの?」

「いや、小太りの男性なら、式場に入る前に物陰でこっちを見てたのが…… でも、小太りなんて探せばいくらでもいるし、息子さんは眼鏡をかけているんですよね?」

 そう尋ねられ、男性は頷いた。

「コンタクトレンズとかは?」

「とんでもない。息子は先端恐怖症なんです」

 そうなるとコンタクトレンズを入れるなど以ての外と言うことになる。


「弥生、遊火を呼んで探してもらっては?」

 瑠璃にそう云われ、弥生は遊火を呼び寄せた。

 遣ってきた遊火を見るや、姿が見えない皐月と男性以外は目を点にした。

「や、弥生…… いくら自分の式神とはいえ、なんてものを着せとるんじゃ?」

 拓蔵がそう弥生に尋ねる。

 遊火の服装は巫女服の袖が離れており、腋が出ている。

 裾の方にはフリルが付けられており、緋袴ひばかまも足元までどころか、膝小僧が悠々見えているほどの長さである。

 皆に凝視されているせいもあってか、遊火は俯いている。


「だって…… 今日着る服、控えめにしなさいって爺様から言われたし、衝動的にもう一着デザインを思いついたから」

 弥生が愚痴を零すように呟いた。

「だからって、豊宇気毘売とようけひめからいただいた羽衣を、そのような衝動的なことに使うのは、どうにもいただけませんね。皐月やあなたたちを妖怪から身を守ってくれているものでもありますし、布一枚作るのにも相当神力を使うのですよ?」

 瑠璃にそう云われ、弥生は頭を下げた。

「さて遊火、少しばかりお願いを聞いてくれませんか?」

 その言葉に遊火は首を傾げた。来たばかりで状況を説明されていないからだ。

「実は人を探して欲しいのよ? 二六歳くらいの男性で、身長は低く小太り。眼鏡を掛けていて、手には痣がある」

 弥生は説明しながら、男性に確認を取るや、男性はそれに頷くが首を傾げる。

 遊火が見えない彼からすれば、何もないところに向かって話をしている変人にしか見えない。

 遊火は要件を聞くや、無数の火の玉となって、空へと消えた。


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