参・嫁入
稲妻神社から車で三十分ほど走った場所に結婚式場がある。
和洋どちらとも可能という式場で、最近は神前式を終えたのち、洋風の結婚式を行う新郎新婦も少なくない。どちらも神に誓うという意味では同じことに変わりないからだ。
また、どちらかというと、洋風はパーティーとして利用するという形でもある。
神前結婚式を新郎新婦それぞれの家族のみで行い、拓蔵や三姉妹はその後のパーティーまで時間があるため、式場の外をぐるり一周していた。
「やっぱり、ウエディングドレスは純白よね?」
弥生がそう云うや、皐月はキョトンとする。
「なんか文句ある?」
「いや、別にないけど…… 姉さんのことだから、てっきりゴスロリに改造するやつと思って…… ねぇ?」
皐月に話をふられた葉月は咄嗟に外方を向いた。
「そういう皐月はどうなのよ?」
「私は…… まだ考えたことないな…… そもそも結婚って、相手がいなけりゃしたくても出来ないでしょ?」
皐月がそう云うや、弥生は呆れた表情を浮かべた。それを見て、皐月は首を傾げる。
「あのね…… 夢見るのも女の子の特権でしょ? なに現実主義なコト云ってるのよ?」
(そう言われても、異性を好きになったことって、一回もないんだけどなぁ……)
皐月は弥生の言葉を記憶の片隅に置くことにした。
「爺様、何見てるの?」
葉月に声をかけられた拓蔵が見ていたのは、式場の屋根にある十字架だった。
「三人とも、十字架は何を意味しているか知っておるか?」
「たしか、イエス・キリストが磔刑に処されたときの刑具と伝えられていて、主要なキリスト教教派が、最も重要な宗教的象徴とするもの……だったっけ?」
弥生がそう説明する。
「まぁ、結婚するのに神様の許可なんぞ必要ないし、役所で婚姻届を処理されてしまえば、形式上夫婦になるからのう」
拓蔵がそう云うや、(それじゃ、なぜ訊いた?)と皐月と弥生は心の中でツッコミを入れた。
「――じゃが、神に誓いを立てて、自分たちを戒めるためにも必要じゃしな」
そう拓蔵が云うや、ボツボツと小雨が降り始め、四人は屋根のある方へと避難した。
「黒川さん、来てたんですね」
昌平が拓蔵に声を掛ける。
「これはこれは細川さん。弟さんが先に結婚とは……」
「なはははは…… 数分ほど前に同じことを言われましたよ」
二人はケラケラと大笑いする。
「おや、弥生ちゃんたちも来てくれたんだね?」
「お、小父さん…… その弥生『ちゃん』は止めてくれないかな?」
弥生は照れながら言う。
「何を云ってるんだ? 小父さんは君たちを小さい時から知ってるんだ。それくらいの時から云ってるのに、今更変えるのは無理というものだ」
そう云われ、弥生は諦めたのか、それ以上文句を言わなかった。
それは皐月と葉月も同様であった。
「それで、新婦さんは一体どういう方なんですかな?」
「もう可愛いい娘さんでね? あのバカ弟には勿体ないくらいなんですよ」
へぇ……と三姉妹は感心する。
「弟がしつこく口説いて、漸く手に入れたのかというと、そうじゃないんです」
「というと?」
「新婦である孤祭美咲さんの方から、弟に付き合ってくださいって云ったらしくてね。いやはや、どう見ても月とスッポン、雲泥の差、美女と野獣ってな感じなんですよ……」
いくら兄弟とはいえ、少しばかり言い過ぎである。
話を聞くと、新婦である孤祭美咲は、新郎である細川樹里が働いている会社に去年新入社員として入社した。
入社するやいなや、愛嬌のある雰囲気と誰にでも優しいということから、男性陣から非常にモテた。
当然、そうなってくると女性陣から妬まれる……ということがなく、相談相手としても重視されていた。
誰もが新郎である細川樹里と孤祭美咲が結婚するとことに驚きを隠せないでいた。
――が、彼女が選んだという事を聞くや、掌を返したように祝福した。
「おっと、そろそろパーティーが始まりますね、案内しますからこちらへどうぞ」
昌平が腕時計を見ながら云うと、拓蔵と三姉妹を会場へと案内した。
ゾロゾロと案内されている中、皐月はふと視線を感じ、そちらを一瞥した。
物陰から小太りの男性がこちらを見ている……と言うよりかは睨んでいるといったほうが正しい。
「皐月? 早くっ!」
既に入口前で待っている弥生に呼ばれ、皐月は会場内へと入っていった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「火車」で通夜の座り順を説明したことがあったが、結婚式場でも同様に決められた席がある。
新郎の友人として招かれている拓蔵と三姉妹は新郎側から見て、一番うしろの方に席があり、近いところから時計回りに1・3・4・5・7・8・6・4・2と席がある。新婦側はその逆周りに1・3……となっている。
1番の席に拓蔵が座り、皐月は左利きということもあってか、2番の席に座る。葉月は皐月の隣である4番に座り、弥生はその正面である3番に座った。
弥生の横には葉月と同じくらいの少女が座っており、その隣には胸の谷間を強調したドレス姿の女性が座っている。
横のテーブルは新郎の親戚。前のテーブルは会社や恩師、斜め前のテーブルでは拓蔵たちと同様、同僚や友人らが座る席になっている。
会場にいる人間は新郎新婦を今か今かと待ち構えている。
結婚式場特有の空気とでもいったところである。
突然会場内が薄暗くなり、全員が息を潜めた。
結婚行進曲がゆっくりとフェードインしていき、会場の扉が開いた。
スポットライトと歓声が、会場へと入っていく二人を祝福する。
新婦である美咲が着ている純白なドレスは誰もがうっとりするほどに美しく「立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は百合の花」を描いたようなものだった。
新郎である樹里もぎこちないながらも、ゆっくりと新婦ともども足取り揃え、来客人に会釈していく。
そんな二人を三姉妹はボーと惚けたような表情で眺めており、それを拓蔵はつまらなさそうに見ていた。
「どうしたんですか拓蔵…… 場に似合わぬ表情を浮かべて」
そう声をかけられ、拓蔵はそちらを見た。
「え、瑠璃さん? それと脱衣婆も……」
拓蔵に声をかけたのは、弥生の隣に座っている少女……瑠璃だった。
その隣に座っているのは脱衣婆である。
三姉妹も『何時の間に?』と云った感じに驚いている。
「えっと…… 確か、私の隣に座ってた子って?」
「ええ、実は本来来るはずの家族は、今日が葬儀と重なったらしくて、急遽家族全員欠席してます。まぁ、少しばかり新郎の記憶をいじりましたが…… 式が終われば、私と脱衣婆の記憶は消えてると思いますよ」
「そ、そんな事するほどの理由があるの?」
皐月の質問を脱衣婆が答える。
「そうじゃなかったら、私と閻魔さまがこんなところにいないでしょ?」
そう云われたところで、三姉妹と拓蔵には理由が見当たらない。
「実は九尾から知り合いが結婚するからって、連絡を受けてね。自分は忙しいからいけないって……」
「九尾って…… 白面金毛九尾のこと? また凄いところから――って、妖怪でしょそれ?」
「まぁね…… でも妖狐は人を騙し、自分たちの縄張りから追い出すのが主だから、罪にはならない。それに金毛九尾に力で適うやつは妖怪でもそうそういないわよ?」
そう云われ、漸く三姉妹は瑠璃と脱衣婆がここに来たことを理解した。
「新婦が化け狐ということ? そうは見えないけど……」
「白狐ともなれば、力を抑え、人を化かす事くらい容易いこと。留袖を着ているのは、新婦の母親ですね。彼女も同様に白狐でしょう」
そうなると、新婦側の友人や親族は一部を除けば全て妖狐が化けていることになる。
「集中して見ないと全然気付かないや……」
皐月は目を細めながら云った。三姉妹と拓蔵が気付かないとなれば、普通の人間は誰一人気付くものはいない。
「それとさっき小雨が降ってたでしょ?」
脱衣婆にそう云われ、三姉妹は頷いた。
「晴れた日に突然雨が降るのを「狐の嫁入り」って言わない?」
そう云われ、なるほど……と納得した。
『狐の嫁入り』は日照り雨の事をさすが、山野で狐火が連なって、嫁入り行列の提灯のように見えるという意味もある。
意味が日照り雨と生じたのは、突然の天候の変化が怪奇と見られていたからと伝えられている。