表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
姦~霊能三姉妹の怪奇事件簿~  作者: 乙丑
第八話:トイレの花子さん
62/234

陸・言訳


「なぁ、どうして声出しちゃいけないんだよ?」


 警戒しながら、ゆっくりと階段を上がっていく葉月に前野が声をかける。


「ばかっ! この校舎の中に私たち以外の人がいるのよ……もしかしたら、その人が女の子を殺した犯人かもしれないじゃない?」


 市宮が声を殺しながら、前野に(まく)てる。


「それに、葉月ちゃんがこの校舎にいる幽霊に大山くんをどこにも行かせないようにしてもらってるから安心だと思う」


 信用できるのか?と前野は云った。

 市宮も葉月のことを信じているとはいえ、本当に幽霊なんかを信用していいのだろうかと考えていた。


「大丈夫。この校舎に悪い怨念は感じないから……」

「怨念? 怨念にも善し悪しがあるのか?」


 前野が尋ねるよりも先に前を歩いていた葉月が二階にさしかかった時だった。

 突然、葉月が三階の踊り場へと駆け上がっていく。

 それに驚いた前野と市宮は慌てて後を追った。


 葉月はちょうど二階から自分たちが見えないように隠れ、廊下を一瞥する。

 前野と市宮も葉月のマネをした。


「なぁ、どうした」


 前野が声をかけると葉月は普段見せない真剣な目で睨みつけた。

 廊下の方から足音が聞こえ、葉月たちに近付いてくる。


「大山じゃないのか?」


 前野がそう呟くが、葉月は違う意味で警戒していた。


「さっき、前野くんが怨念に善し悪しがあるのかって訊いたよね?」


 葉月にそう言われ前野は頷いた。


「怨念っていうのは、この世に未練がある人や、誰かに怨みがある人がもっている想いなの。突然死んだ人は当然やり残したことがあるから、この世に未練がある。だけど、それは人に対しての怨みじゃなくて、自分に対しての想い」

「それじゃ、それがいい方の怨念ってこと?」


 市宮にそう言われ、葉月は頷く。


「それじゃ、悪い方は?」

「誰かに殺されたり、逆に誰かを殺そうとしたり…… 言い換えれば、地獄すら恐ろしくないと思っている人がもつ想い……」


 葉月は今まで色々な死者を見たり、その声を聴いたりしてきた。

 そのほとんどは、誰かに忘れられている存在だった。

 かれらが成仏できないのは、死んだ事をほったらかしにされているからである。

 もちろん、遺族はかれらの死に悔いていた。

 どうして死んだのかと慟哭する。

 しかし、そんなのは上辺だけの事である。


 葬式や火葬などにかかる費用。

 老人や金持ちならば、遺産相続など、泥沼なことが先立ってしまい、死者に対する哀れみなど一瞬で消えてしまう。

 それに結局は生き物は地獄に落ちるものだ。

 天国にすぐに行けることはない。それを悔いり、懺悔すれば多少罪は軽くなる。

 ながい永い六道輪廻を繰り返し、初めて天国を意味する天道へと繋がっていく。

 それは気が遠くなるほどの時間。云ってしまえば、終わることのない拷問そのものである。

 それならばいっそのこと、成仏しないほうがいいんじゃないかと、葉月は感じていた。


「……でも、みんな本当は旅立ちたいんだよ」

『――えっ?』


 葉月の言葉に、前野と市宮は目を疑った。


「どうして想いがそこにとどまるか…… ここには校舎にいる幽霊たちの思い出がいっぱい詰まってるから…… 良いことも悪いことも全部ひっくるめて、思い出が詰まった場所だから――」


 葉月が呟くようにそう言うと、先程聞こえた足音が一階へと降りていく。


「――行ったのか?」

「どうかな? 葉月ちゃん、お願いできない?」


 市宮は葉月を通して、幽霊に確認をしてもらおうと考えていた。


「おれ、確かめるわ……」


 前野はそう言うや、階段を見下ろした時だった。


「パァッ!」


 突然男が前野の前に現れ、顔を掴まれる。


「こぉんなところでなぁにしてんだぁ? がぁきぃどもぉおおおっ!?」

「んっ! んぐぅっ!」


 ジタバタと掴まれた手をほどこうとするが、大人相手に子供である。まったく歯がたっていない。


「子供はもう帰る時間だろ? だったら早く帰って、ママのおっぱいでもすってろぉっ!」


 そう云うや、男は力任せに前野を投げた。

 背中を教室の壁にぶつけ、前野は気を失いかける。


「――前野くんっ!」


 市宮が前野に近付こうと、階段を駆け下りる。


「おっと、行かせねぇぞっ――!」


 市宮の前に立ちふさがる男が突然悶絶する。


「こ、こんのくぅそがきゃ――げぇほぉっ!」


 男は股間を抑えながら、崩れるように四つん這いになっていく。

 葉月が男の股間を思いっきり蹴ったのだ。


「い、痛そうだね?」

「今はそんなこと言ってる場合じゃない! 前野くん、大丈夫っ?」


 葉月がそう声を掛けると、前野は頭をフラフラさせながらも意識を保っていた。


「くぅそぉ、首がいてぇ……」


(よかった…… 前野くんの守護霊が護ってくれたんだ)

 葉月は前野のうしろに誰かがいるのがえた。

 それは兵隊姿の男性で葉月たちより一回り大きい風格をしている。

 葉月は彼が前野の守護霊であると感じていた。


「動ける?」

「な、なんとかなぁ……」

「大山くんのところに早く行こう」


 三人は体を震わしている男に目もやらず、葉月の案内で大山がいる教室へと向かった。


「大山くんっ! 大山くんっ!」


 市宮が教室のドアを叩きながら声を掛ける。


「い、市宮か?」


 教室の方から知っている声が聞こえ、葉月と市宮、前野は安堵の表情を浮かべた。


「ちょ、ちょっと待っててくれ、今開けるから」


 大山がそう言うと、窓のサッシに置いていたつっかえ棒を取り外した。


「ここからなら入れるだろ? この窓、鍵が壊れてるみたいなんだ」


 大山自身もその窓から、この教室に入ったと説明した。


「ごめん、みんな……怖い思いさせて」


 大山は深々と頭を下げ、葉月たちに謝った。


「ほんと、そうだよな? こっちは色々と大変な目にあってるんだぜ?」


 前野がそう言うと、大山は葉月と市宮を一瞥した。


「大山くん、どうしてこの教室に?」

「それが誰かにこの教室が一番安全だからって言われて―― だけど、突然窓がガタガタってなったり、ものが動いたりして、どこか安全だっての?」


 それを聞くや葉月は前野と市宮を見た。

 その二人も思いあたりがあった。


「な、なんだよ、みんなしてぇ…… なんか知ってるんだろ?」


 大山にそう言われるが、「い、いや……お前も苦労したんだなぁと思ってさ」

「そ、そそ…… こうやってみんな再会できたんだから、ねっ?」


 前野と市宮にそう云われ、大山は複雑な表情を浮かべた。


「それでどうやって帰る? もう外が真っ暗になってきてるぞ?」

「それにさっきいた男の人がまだいるかもしれないし――」


 危険なのはわかっているが、家に帰らない訳にもいかない。


「美耶ちゃん。今何時かわかる?」


 葉月にそう言われ、市宮はポケットの中に入れていた時計を見た。


「えっと……夜の七時になるくらい」

「み、みんな心配してるだろうな……」


 前野がそう言った時だった。

 葉月は教室の隅で自分たちを見ている女の子に気付く。


「あなた……確か昼間の……」

「んっ? 何か見えるのか? ――って、誰だよ、お前っ!」


 前野が驚き、市宮は声を出さないように口を抑えた。


「あなた…… 誰なの?」


 葉月の問いに女の子は答える仕草をするが何を言っているのかわからない。


「何言ってるんだ?」


 大山がそう云う。前野と市宮も同じだった。


「もしかして、大山くんをこの教室に連れてきたのって、あなたなの?」


 市宮がそう女の子に尋ねると女の子は頷いた。


「やっぱり……っ! ねぇ、わたしが校庭であなたの事を尋ねた時、旧校舎を指差したのって、一階のトイレに死体がある事を教えたかったから?」

「し、死体?」


 葉月の言葉に大山は驚く。


「お、お前ら、そんなの見てるのかよ?」

「見たくて見たわけじゃないわよ?」


 市宮が大山を睨みつける。


「その死体を見つけて、私たちを通じて、警察に知らせてほしかった。だから犯人が逃走しないように、この校舎から出そうとしなかった……ってこと?」


 市宮がそう訊ねると、女の子は頷いた。


「んだよそれ? だったらさっさと校舎から出せばいいじゃねぇか?」

「窓の泥濘にあった靴だけじゃ証拠にならないってことか?」


 大山がそう云うと、女の子は答えるように頷いた時だった。


「あああああああああああああああああああああっ!!」


 突然、前野が大声を挙げる。


「――な、なんだよ?」

「ちょっと、前野くん、静かにして! 犯人に見つかったらどうするの?」


 大山と市宮に睨まれ、前野は頭を下げる。


「それでどうかしたの?」

「今思い出したんだけど、あの窓って、この前、大山と野球やってて、割ったんじゃなかったっけ?」


 そう云われ、大山は「あっ!」

 と声をあげ、唖然とする。


「ちょっと、それどういう意味?」


 市宮が大山と前野を睨みつける。


「つまり、窓は最初から割られていて、犯人はそこから窓を開けて中に入った」


 そういうことなら説明がつく。しかし、自分たちが聞いたあの音はなんだったのか――


 その答えに気付くや、葉月は吹き出した。

 まだ理解できてない他の三人は首を傾げている。


「みんな…… 演技うまいなぁって」


 そう云われ、市宮と前野は理解した。

 どうやら、校舎に漂っている幽霊がどこかの窓を割ったのだと、葉月は説明した。

 その証拠に三階の窓がひとつ割られていた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ