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姦~霊能三姉妹の怪奇事件簿~  作者: 乙丑
第八話:トイレの花子さん
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伍・間引


 死体から逃げるようにトイレから出た三人は、息を整えるのに必死だった。


「な、なんだよあれ?」


 前野が涙目になって、葉月と市宮を一瞥する。


「わ、わからないわよ…… 私に訊かれても――」


 市宮は上げ忘れていたショーツを上げ直し、トイレの方を見やる。


「でもよぉ、なんであんなところに死体があるんだ?」


 本来、誰も入ることができない旧校舎に真新しい死体があるのは如何いかんせん可笑しい。

 どこか別の入口があるのかというと、そうではない。

 下駄箱の他には側面にある二つのドアだけで、そのふたつとも頑丈に閉めきられている。

 唯一入れるとすれば、葉月たちが入ってきた窓からしかないのだ。


「もしかして、あの足跡って……犯人の……」


 窓の下にあった足跡は、葉月たちよりも明らかに大きい靴跡だった。


「でもよ? それだったら、どうして逃げようとしないんだ? あの足跡のやつがあの死体を捨てたんだろ?」


 前野が云う通り、死体を遺棄したのならさっさと逃げればいい。


「みんなが逃がそうとしないからじゃないかな……」


 葉月はスッと立ち上がり、目を瞑った。


「おい、黒川、何やって――」

「しっ! 黙ってて!」


 前野が尋ねようとしたのを市宮が止めた。


 2-3で意残りをしている女の子……

 音楽室のピアノ弾き……

 居なくなった校長先生……

 踊り場の女の子……

 理科室の動く人体と白骨模型……

 図書室の女の子……

 ――7つ目の話を知ってる人は……


 葉月は呟くように、誰かに尋ねた。

 それは自分の周りで漂っている浮遊霊かれらの声を聞くため……

 もし知っているのなら教えて欲しいと考えていた。


「7つ目のお話は…… ――っ、ない? ないって――どういうこと?」


 葉月はそう呟くや、ゆっくりと目を開いた。


「葉月ちゃん、どういうこと?」


 市宮が尋ねると、前野は不思議なものを見たといった感じにすこしばかり驚いている。


「二人が話した6つの内、いくつかは確証があるって――」


 葉月は浮遊霊かれらから聞いたことを説明した。


 まず一つ目の『2-3で意残りをしている女の子』。

 これは教室に女の子がいることに気付かず、用務員が校舎の入口を閉めたことが原因とされていた。

 しかしこの件は、学校の中に変質者が侵入していたためである。

 今の御時世、学校にくる人間の警備は厳しいが、福祠町がまだ村であったため、あまり人の監理が出来ていなかったのが原因であった。


 二つ目の『音楽室のピアノ弾き』。

 これに関しては、要するに浮遊霊かれらがいたずらに遊んでいたせいであった。云ってしまえば、ポルターガイストと大差ない。

 そういうことであれば、5つ目の『理科室で動く人体と白骨模型』も同様である。


 三つ目の『居なくなった校長先生』は既に説明しているので割愛する。


 四つ目の『踊り場の女の子』。

 階段から転落したさいに、頭を打ち付け、女の子は気を失い、そのまま亡くなった。

 死者は成仏しなければ、死亡した場所をさまよい続ける。

 踊り場で踊っているのは、その女の子が舞踊を習っていただけのことである。


 六つ目の『図書室の女の子』。

 こちらは一つ目の話と類似しているが、地震で崩れた本棚の下敷きになったことが死因となっている。


 ――以上が旧校舎に伝わっている、六つの話の真相であった。


「だけど、七つ目の話は誰も知らないって」

「なぁ、一体何云ってんだ?」


 前野が葉月にそう尋ねるが、市宮はそれを無視する。


「知らないって……でもこれだけ古いと、怖い話の七つくらい余裕で出来るんじゃないの?」

「七不思議は誰かが噂を作らなければ不思議にはならない」

「誰かが語り始めたから、それが俺たちの耳に入って、噂になっていくってことか?」


 前野がそう言うと、葉月は頷いた。

 極論ではあるが、結局は誰かに伝えない以上、噂話はなかったことになる。

 だからこそ、学校の七不思議に留まらず、すべての怖い話は長年誰かが誰かに伝え、それが数珠繋ぎのように伝え続けられているからこそ今に至るのだ。


「そうだ。大山くんは?」


 市宮が思い出したように言う。

 それを言われるまで、葉月たちは校舎に入った大山を探していたことを思い出した。

 トイレで見た女の子の変死体があまりにも印象強かったため、薄れていたのだ。


「黒川? お前のその訳わかんねぇので訊けねぇのか?」


 そう云われ、葉月は再び目を瞑る。


「大山くん、大丈夫みたい。今二階にいるって――ご要望があれば、怖がらせて立ち止まらせるけどって云ってる」

「そうしてもらえると、探す手間がはぶけるね」

「でも、私たち自身も危険だって……」


 そう言うと、市宮と前野は表情を強ばらせる。

 そんな二人を見ながら、葉月は複雑な表情を浮かべた。

 どうして校舎に入った犯人を逃がそうとしないのか、浮遊霊かれらにとっては葉月たちも含めて、さっさと帰って欲しいはずである。

 そんな葉月の疑問に答えるように三人の足元を冷たい風が通り抜けた。



「なんだよ……」


 教室のすみで、大山は肩を震わせていた。

 先程葉月にお願いされた浮遊霊たちが、大山をその場から動かさないようにしていたのだ。

 外側と廊下側の窓をガタガタと震わせたり、突然机が動いたりと、ポルターガイストを起こしている。


「南無阿弥陀仏……南無阿弥陀仏……」


 と、大山が念仏を唱えたところで、浮遊霊たちは何ともない。

 そもそも『南無阿弥陀仏』は、(阿弥陀如来に帰依します)という意味があり、阿弥陀如来が「自分の名前を唱える者は誰であっても、即座にその者のところへ行って、極楽浄土に導く」

 と云ったことから由来している。

 自分の名前を『唱えたものは……』という意味では、浮遊霊自身が唱えているわけではないので何の意味もなかった。

 また成仏してほしいという意味合いでも使われるが、そんな簡単な方法だったら、浮遊霊かれらもさっさと成仏したいものである。


 ガタンッ!と、今までで一番大きな物音がした。

(ひっ!)と大山が小さな悲鳴をあげる。

 途端先程まで浮遊霊たちが行なっていたポルターガイストがピタリと止まった。


「な、なんだよ? なんなんだよ?」


 大山は顔を強ばらせ、音がした方を見やると、廊下の方に人影が見え、それに声をかけようとした。


「だめ…… ここから動いじゃだめ……」


 小さな声が聞こえ、大山はそちらを見た。


「お、お前は?」


 そこにはおかっぱ頭で、黄色のカッターシャツに赤いもんぺを着た女の子がジッと大山を見ていた。

 大山はいつからいたのかと尋ねたかったが、今はこの女の子の言う通りにしようと直感的に思った。

 大山は廊下から見えないように、出来る限り死角になるよう体を低くしながら、こちら側から見える位置まで移動する。

 そしてゆっくりと廊下を見やった。


(――大人の人?)


 廊下には知らない大人の男性が、何かを探すように、首を動かしている。

 見た目は二十代から三十代くらいで、何かを喋っているようだが、ここからでは聞こえない。


(学校の先生じゃなさそうだし、どうしてこんなところに?)


 大山は自分たちを探しているわけでもなさそうだと、子供ながらに直感する。

 即座に危険だと察知したのだ。


「あぁ、くぅそぉ、いったいどこに行きやかったァ……」


 そう男性が叫ぶとドアを蹴った。


「あンのくぅそがきぃゃあっ! 人の指噛みよってかんにぃ! すぅげぇいってぇぇ……」


 呻き声をあげるように男はどこかへと消えた。

 大山はそっと廊下側の窓へと匍匐前進ほふくぜんしんする。

 廊下側の窓をそっと覗くと、男は居なくなっていた。


(くぅそぉ…… おれがこんなことしなきゃ……)


 大山は自分がしたことに後悔していた。

 校舎に入らず、そのまま家に帰ればよかったんだと……


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